第40話 それぞれの思惑
オーストセレス王国王都シュテートではある1つの噂が慌しくまわっていた。
商業地区の道では恐怖に晒され発狂する者がさらに他の人の恐怖を上長させていた。
旅支度を始めて国から離れようとする人、家に隠れて外出を控える人など様々だ。
王城では対処するために緊急会議が開かれていた。
『死神』が現れたことについては驚きは無かった。
それは度々目撃情報があり、各国で知れ渡っていたからだ。
今問題なのはスリュート伯爵領がこの世界から消え、さらに王国第ニ騎士団が全滅したことだ。
これは隠せない大きすぎる問題と発展していた。
王城の会議室では国王を始め、上級貴族、第一騎士団長など錚々たるメンバーが集まっていた。
「魔王の復活……と見るべきか」
最初に声を発したのは3侯爵の1人だった。
「それは早期すぎる考えです。まだ魔王が復活したと決まったわけではありません。それに魔王が復活したならば配下である死神を倒すとは思いません」
「新たなる脅威の存在か……」
否定的に発したのはこの中で1番の体躯の第一騎士団長ギャラルだった。
「ですが騎士団長、ここまでの大業を成せると者がこの世にいると思いますか」
「テール侯爵の言う通り、かの勇者一行の1人……賢者様は千匹以上ある魔王の軍勢の殆どを大魔法で葬ったと伝えられていますが、それも百人以上の魔法使いの魔力を借りて出来た偉業です。そんなことが出来る者が他にいるかどうか……」
「では、貴殿達は賢者様が『死神』を屠るために我々貴族を巻き添えにしたというのか、それは勇者様への冒涜と捉えられますぞ」
騎士団長ギャラルは平民出身であり、そこに領民が含まれていないことにイラつくが、貴族主義社会のこの国にそんなことを口に出すことなど出来るはずがなかった。
「そのような事は言っておらぬ……ただ、それを出来る者がいるかどうかの話をしているのだ」
「騎士団長殿は思い当たる人物に心当たりはないのですか?」
全員の視線がギャラル1人に集まる。
それは国王であっても同じことだった。
「申し訳ありません。私にも思い当たる人物はいません」
この中で最も戦場に近く身を置き、戦において全権を任せられる程の男でも知らない人物が王城や普段から自分の領地に引き篭り、権益だけを考えているような人達が知ることなど不可能だった。
「魔王が復活したかどうかは一旦保留と致します。ただ今、現地に調査隊を派遣中であります。生存者がいる可能性は低いですが、目撃者がいないか周辺の村々を捜索させるように命令してあります。彼らの報告を待っても遅くはないでしょう」
重みのある言葉を発したのは国王に1番近くで座る宰相であった。
煌びやかな服装は、他の貴族が服に着せられている姿に比べ、貫禄を思わせるようなふるまいだ。
「国王様、この議題は次回に持ち越しとそういうことでよろしいでしょうか?」
「そうだな、今のままでは答えは出しようがないな」
「シェーネフラウ王女は、いかがでしょうか?」
宰相が向いた席、そこには誰もが羨むような魅力のある身体を付つ美少女がいた。
艶のある桃色に似た赤い髪は後ろで一本にまとめられ、年相応の豊満な胸部とは別にその髪が揺れるたびにその動きをつい目で追いたくなる。
整った顔立ちに優しさ溢れたつぶらな瞳はまるで魔眼に見られたかのように虜にしてしまう美しさがあった。
王女はただ座っているだけだというのに、最高級の芸術品を思わせていた。
数々の美女を見て来た宰相であってもその美しさに目を向けた時、一瞬息を止めてしまう程だ。
「そうですね……国民達を守り生き残らせる方法を考えなければなりませんね」
その声は誰もが清聴し、いつでも聴きたいと思う美しい声だった。
「王女殿下はお優しいですな、ですが平民なんかの命より我々の命の方が遥かに重要だということをご理解いただけたいですな」
うんうんと会議に出席している殆どの人が賛成の意思を示した。
成人して間もないのだからしょうがないと嘆息する者もいた。
「それでは次の議題に移らせて頂きます。各領地への発表、それによる対処の方法について…………」
会議が続くものの、自分達の利益と損失で頭がいっぱいの貴族には平民への対処は二の次どころか犠牲がどれ程になっても構わない考えだ。
しかし、元凶が確定しないことには対処方法の細部までは決めることは出来ずにいた。
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たんったんったんっ
煌びやかな王城の廊下に靴の足音だけが聞こえる。
人が全くいないわけではない。
メイドや執事なとの使用人が手を止め足を止め、ただ歩いているだけなのに凛とした動きに目を奪われ、皆が王女の美貌の虜になり、ただ黙って見送るばかりだ。
王女の後ろからはお付きのメイドが1人いるが、視界には入っていても背景の一部程度の認識だ。
使用人達は王女が部屋へ入った後も、余韻に浸るようにその扉を見続けていた。
「お父様も宰相も貴族達もなぜ民の命をぞんざいに扱うことができるのでしょうか」
部屋に入るなり、先程の気品ある歩き姿からは想像できないような口振りで愚痴を溢す。
「国とは人の集まりであり、王族や貴族は本来民を守り導く存在なのです。それが自らの命欲しさに民を犠牲にするとは貴族主義を唱えた教祖アリス・ドクトリンの理念に反していると何故気付かないのですか」
それは思春期の少年少女によくある感情を剥き出しにして喋る様そのものだ。
王女といえどまだ16歳の少女だ。
年相応な態度にお付きのメイドのディナは安堵する。
「仕方ありませんよ、オーストセレス王国は貴族主義を唱っていますが、実態は貴族優先になりつつありますから」
貴族主義とは、教祖アリス・ドクトリンが唱えた思想だ。
国とは人である。
民がいるおかげで国は成り立っている。
貴族とは民を守り、民を導き、民のために剣を振るう者。
国は民の為にあり、民は貴族の為に尽くし、貴族は国の為に尽くす。
このような循環で国が存在しているという教えだったが、その思想が既に崩れていることに貴族は不思議と思わなくなってしまった。
貴族は特別で民は貴族の為に尽くし、国は貴族の為に存在していると、勘違いが長い間続いている。
600年以上前、世界の敵である魔王がいた時代では貴族は自ら前線に立ち、国を守る為に立ち上がった民と共に戦場赴き、勝利して生存へと導く存在だったはずだったが……
魔王が倒され平和になったことでその思想が薄れ、新たな思想が生まれてしまった。
それが貴族統治だ。
平民は貴族の為に存在する。
国は平民の集まりにより存在する。
故に国は貴族のために存在する。
貴族こそ絶対的主導者である。
しかし、貴族の中でも派閥というものがある。
それは王族を主導者として支持する保守派と王族は国のトップに位置するが貴族あってこその王族であり、貴族がいるおかげで王族があるという改革派がいる。
貴族の中でも上級貴族、法衣貴族、下級貴族、没落貴族などが存在する。
上級貴族の多くは改革派に属していた。
保守派にも上級貴族はいるが、ごく僅かで下級貴族が多くを占めていた。
権限を持たない没落貴族、領地を持たない法衣貴族は利益しだいでどちらにもつく。
両者は派閥が分かれた当初は均衡していたが、徐々に改革派が力をつけていった。
王族も見ているだけではなく、改革派の思い通りにされたくはなかった。
権限を使って改革派を全てを処刑するわけにもいかないかった。
そんなことをすれば、民衆からの王族への支持は地の底へ落ちることとなる。
そのうち王様は何もしなくなって、ただただ時に身を任せるようになってしまった。
それが余計に改革派をつけ上がらせることになっているとも知らずに。
「貴族がいるから国があるというのは否定しません……ですが、貴族だけが残って何の意味があるのですか……王族、貴族、平民どれも欠けてはならないのです。全てを守る絶対的主導者が必要なのです」
王女は高級な椅子に腰掛けると、近くの机の上にある何冊の本から一冊を取り出した。
「そうこの物語に出てくるような絶対的主導者がこの国には必要なのです」
その本を開くのでなく、その年相応よりも豊満な胸で抱きしめた。
「フラウ王女は本当に勇者様の物語がお好きなんですね。お茶を入れて来ます」
「えぇ、甘い物も頼むわ」
「かしこまりました」
ディナは軽い足取りで準備をする。
メイドのディナは王女が幼い時から仕えていた。
シューネフラウとこんな軽い会話をするのは王城でこのメイドだけだ。
シューネフラウはこのメイドにだけ心を許し、何でも話せるような関係になっていた。
しかし、ディナにも話していないシューネフラウには誰にも言えない秘密があった。
それが胸に抱きしめる勇者の物語だ。
(あぁ……偉大なるあなたはどうして姿を消してしまったの……今一度この国をお導き下さい)
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