第39話 野宿


 どれだけ歩いただろう。

 アインス目の前にはドライを背負ったツヴァイの姿があった。


 アインスはツヴァイよりも足取りが重いことに自分の不甲斐なさを感じていた。

 常に主人の背中を1番に追いかけて来たアインスにとってありえない光景だが、今はそんなことは言ってられなかった。

 

 胸の痛みから意識を保つだけでも精一杯で、さらにツヴァイに遅れつつも足を動かすことがどれだけ辛いことか。

 魔槍を支えにしてようやく歩ける状態だ。


 だが、そんなことよりもアインスの中では負の感情が渦を巻いて落ちて行っていた。


 冒険者ギルドで自分が感情的になって行動したことで、正体を明かしてしまい、主人の立場を悪くしてしまった。

 それだけではなく、自分とドライの存在があの『死神』を呼び寄せてしまった。


 出会ったころからまるで変わっていない。


 レベルが上がり、多少強くなったと自負しているが、それでも主人の足元にも及ばない。


 ただ不思議なのは何故自分はあそこまで怒りをあらわにしたのかが分からなかった。

 主人を慕っているのは事実だが、もっも冷静を行動出来ると思っていた。


 まだまだ、鍛錬が足りないことを自覚した。


 しかし、ゼントは一切アインス達を責めたりしなかった。

 そのことがさらにアインスを負の奥底へとはまっていくことになった。


 こんなことでどうやって主人の役に立つというのか。


 アインスの考えは蟻地獄のようにじわじわと深く迷想していく。


 主人が負ける姿など考えられないが、相手はかつて勇者と同等に争ってきた存在だ。


 何があるかなど全く予想出来ない。


 もしかしたらと思ってしまうのは仕方ないことだ。

 それでもまたあの頼もしくも焦がれる背中を見せてくれると信じている。


「やっと見つけた、あんまり離れてなくてよかった」


 振り向くとそこにはいつもの姿を見せるゼントがいた。


「……あ…………あぁ……」


 アインスの目からは涙が溢れ出した。


「ゼントさま……」


 ツヴァイも同じく涙を流した。


 ツヴァイも勇者の物語は知っていた。

 勿論、『死神』についてもお伽話のレベルだが知っていた。


 だからこそ、『死神』の強さが全く想像できず、ただ恐ろしいだけだった。


 もしかしたら、ゼントが殺されてしまうかもと想像してしまうのも仕方なかった。

 それがこうして生きている姿を見て感涙した。


「心配するな、あの程度の相手に俺が殺されるわけないだろ」


 ゼントは近づいて、2人の頭にぽんっと手を置く。

 それは言葉にするよりも安心感が伝わる方法だった。


「……んー……ごしゅじんさま?……」


 ドライは寝ぼけているかのように半目の顔だ。


「もう大丈夫そうだな」


 顔からはまだ苦悶の表情は続いていて大丈夫とは言えないようだ。


「アインスはどうだ?」


「はい……多少痛みは和らぎましたが、まだ完全ではないです……すみません」


 魔槍を支えに喋ってるところを見ると、かなり辛そうだ。


「謝ることはない、どこか休める場所に移動するとしよう」


 俺達は歩いて道を進んで行った。

 本当は空を飛んで行った方が早いのだが、そんな体力は残っていなかった。


 今すぐに横になって休みたいという気持ちはあるが、こんな森の中でなんて危な過ぎる。


 出来るだけもっと安全なところに移動したい。


 辺りが暗くなる前に見つけられるように頑張ろう。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 途中休みを挟みつつ、日が暮れる前に休めそうな場所を見つけることができた。

 そこは幅が半径3メートルぐらいの横穴だった。

 奥も10メートルもないぐらいだが、贅沢は言っていられない状況だ。


 あの魔法と戦闘の後であと下級魔法で2.3回ぐらいしか魔法を使うことなど出来なかった。


「悪いが今日はここで野宿だ」


 ゼントはアイテムボックスから寝袋などの商会で買ったキャンプセットを取り出した。

 ツヴァイと商会に行った時に色々買って置いてよかったと思った。

 

 本当は馬車とか買って万全を期したかったが仕方がない。

 これからは徒歩で移動して、泊まれるところを探していかなきゃならない。

 今更気付いたが、飛んで移動すると目立ってしまう。

 それはなるべく避けよう。


 最初、アインスと街へ行くために野宿していたが、正直やりたくない。

 

 ベッドで寝た方が断然気持ち良かったからだ。


 しかし、今はそんなものはない。

 抱き枕はあるからそこだけはよかった。


 薪を集めて火魔法で焚き火を起こした。


「本当はツヴァイに調理を頼みたいところだが、今日は色々ありすぎて疲れたからな……これで我慢しろ」


 俺はアイテムボックスからあらかじめカットされた肉とパンと水を取り出した。


「ご主人様ばかりに苦労をお掛けして申し訳ありません」


「かまわねぇよ、さっさと食べるぞ」


 これは伯爵領で気付たことだが、アイテムボックスの中では時間が進まないというのが分かった。


 試しに焼き立ての肉を入れて1時間ぐらい放置した後に取り出すと焼き立てのままだった。

 時間経過を気にしなくていいのは便利だと思った。


 時間経過があると常にアイテムボックスの中身を気にしなくちゃならないからな。


「そうだ……お前らに話しておかなくちゃならないことがある」


「はい、なんでしょうか?」


 俺の言葉に何か重みを感じたのか、ドライを含めて全員こっちを向いた。


「俺は魔王になることにした」


 俺は奴隷達に宣言した。


 これでもう引き返すことは出来なくなった。

 明日になってやっぱりやめたなんて、格好悪くて出来ないからだ。


 3人とも絶句という感じで固まってしまった。

 まぁ、いきなり魔王になるなんて言うなんて頭がおかしくなったと思われたのかもしれない。


「感謝します……叡智をお待ちのご主人様には私の考えなど、とうにお見通しかとございますが、ご決断していただきありがとうございます。この身は全て魔王様のものです。魔王様の好きなようにお使いください」


 なんだこいつは?


 思慮深くない俺にはこいつの考えが全く分からなかった。

 魔王になることを決めたのは今日のことだぞ。

 いきなり受け入れられるなんて思っていなかった。

 それに感謝されるようなことなんてあったか?


 魔王だぞ?


 この世界の魔王は疎まれ、嫌悪される存在のはずだ。

 あの紋がアインスの脳に影響を与えているのか。


 いろんな考えが浮かぶが答えなんて分からなかった。


 俺のことを全肯定してくれるのは嬉しいが、ここまでくると尊敬というより依存なんじゃないかと思えてくる。

 

 ツヴァイとドライは黙ったままだ。

 これが普通の反応だと思う。


「お前らはどう思う?」


 「あ!……ゼント様のお決めになったことなら私はついて行くだけです」


 ドライはうんうんと首を縦に振って同調する。

 

 アインスかツヴァイはどっちか否定的な反応をするかと思ったがそんな事は無かった。


 2人の考えは分からないが、肯定してくれるならそれでよしとしよう。


 今日はもう考えいろんなことがあって疲れたので、話はここまでにして休むことにした。


 さすがに見張りも無しに休むことなど出来ないため、俺も含めてアインス、ツヴァイ・ドライ組で見張りをすることにした。


 アインスは俺が見張りをすることに反対したが、2人だけに任せる方が心配なので却下した。


 交代する時間だが、時計なんてないので正確な時間が分からないから適当に3時間ぐらいたったら交代することにした。


 最初に俺が見張りをして、ツヴァイ・ドライ→アインスの順番ですることになった。


 俺が最初になったのは、寝てる途中で起こされるのが嫌だったからだ。

 最初に見張りをすれば、あとは寝てていいからな。

 もし、モンスターや野盗なんか現れたら、速攻抹殺してやる。


 俺の眠りを妨げる奴はぶっ殺してやる。


 ただ、寝る前に言っておかなければならないことがある。


 「アインス……俺はまだ魔王じゃない、魔王様と呼ぶのは止めろ」


 こいつらが異常だと思っておかないといけない。

 普通の奴の前で魔王なんて呼ばれて、余計な騒ぎなんてごめんだ。


 取り敢えず、どこかを征服するときに名乗るとしよう。


 領地もなんもない野良魔王なんてかっこ悪いしな。


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