第35話 選択を間違えた


「え?……白い狼型の耳……」


 女冒険者がさっき別の驚きで後去る。

 その顔は恐怖に満ちていた。


 やばい!


「おい、まさかあれって」


「俺、王都で見たことあるぞ……確かフェンリルの末裔だったやつだ!」


「フェ、フェンリルって……もしかして魔王の手先」


「じゃあ、あいつの主人も魔王軍なのか?」


「ここ領主が死神に殺されたってことだけど、あいつのことなのか」


 段々と冒険者ギルドの騒ぎが大きくなってくる。


「おれ、騎士団に通報してくるわ」


 冒険者が急いで外に出ようとしたとき、


 ザンッ!


 俺が水魔法で放った刃がその首を胴体から離した。

 

 うわわぁぁぁぁ!


 ギルド内がパニックに落ち入り、俺から距離をおこうとする。

 

「てめぇ!よくも仲間を!」


 冒険者が剣を鞘から抜き襲い掛かって来た。


 俺は一太刀をかわして、逆に冒険者の首を切る。


 2人分の血が床を濡らし、血の水溜りができていた。


 襲う勇気もない冒険者共は震えて見ているだけだ。


 もうここにいられない。


 俺は火魔法を何発か放ち、ツヴァイとドライを両手で抱えて外に走り出す。


「アインス、ついて来い!」


「!……はい!」


 放心ぎみだっだったアインスをデカい声で無理矢理起こす。


 騒ぎを聞きつけたやつらが集まって来ていた。


 俺はアインスの気配を感じて離れないようにスピードを合わせる。


 今の俺が全力で走り抜ければ、2人を抱えた状態でもアインスを引き離すことなど容易いことだ。

 ゆえにアインスのスピードに合わせる必要がある。


 走りながら俺は火魔法で人集りや建物に向かって無作為に攻撃していく。

 建物は燃え、騒ぎが大きくなる。

 少しでも混乱を大きくして俺たちが街を脱出する可能性を上げる。

 右手に抱えているツヴァイにも攻撃するように言うが、人に向かって魔法を放つのに躊躇している。

 魔物に出来ても人間相手では出来ないか。


 このままスムーズに街の外まで行けたら良かったのだが、この街にいる騎士団は間抜けではなかった。

 

 街の警戒のため見回りをしている騎士3人が俺たちを待ち構えていた。


 3人とも剣を構えて、攻撃の瞬間を待っている。


 俺は土魔法で直径1.5メートル程の岩を3発騎士連中に放つ。

 これは剣で受け止めるなど不可能だ。


 3人はそれぞれ回避行動をとるが、これで陣形が崩れた。

 体制を整える暇など与えない。

 俺はファイヤーボールで3人を攻撃する。

 その大きさは最初に盗賊に放ったものとは威力が桁違いだ。


 2人ななす術なく直撃した。

 確実に死んだろう。

 1人は持っていた盾で防御したが、剣も盾も防具もボロボロだ。

 なんとか立っているが、もう虫の息だ。


「アインス!やれ!」


「…………」


 返事がない。

 当然か。

 アインスも元は騎士団に入っていたんだ。

 もしかしたら、知り合いなのかもしれない。

 だが、そんなことは言ってられない。

 こうなった以上覚悟を決めて貰わなくちゃならない。

 

 ここがアインスの分岐点になる。


 どの道を進むか。


 立ち止まっている時間はもうない。


 その道が地獄に続いているとしても、進んで欲しい。

 

 アインスは魔槍を強く握り、騎士の体を貫いてた。


「…………ごめんなさい」


 小声で何を言っているか聞こえなかったが、俺と同じ道をアインスが決断してくれたことは間違いない。

 これは大きな1歩だ。


「急ぐぞ」


 今は感傷に浸っている暇はない。


 囲まれでもしたら、怪我なしで対処出来るか分からない。


 その後も移動中に魔法を放ち、街を大混乱へと導いていった。


 街の出入り口が見えて来たが、すでにそこには20人近くの騎士団が待ち構えていた。


 何人かは避難誘導などに人員を割いてるはずだが、さすがの統率力と言ったところだ。

 混乱の原因を早急に排除したいってことか。

 素直に見逃してくれればいいものを。


「フレイムウォール」


 俺は魔法で炎の壁を作った。

 これで近づけないだろう。

 炎の中に飛び込もうとすれば、人間丸焼きの出来上がりだ。

 全然美味しくないけどな。

 もしかしたら、カーバンクルのドライなら食えるかもしれない。


 これで俺達の出口も塞いだことになったが、問題はなかった。


「ご主人様……」


「俺に捕まれ」


「え⁉︎いや、それは……」


「早くしろ」


 アインスは俺の背中から抱きしめるように首に手を回す。

 

 俺は光魔法で体を宙に浮かす。

 そのままジェット噴射のように勢いよく外壁より高く飛ぶ。

 

 この外壁の高さは10メートル程だが、更に上空には魔物が侵入しないように透明な魔力障壁が張られている。

 しかし、それは外から内に入る場合に真価を発揮する。

 実は内から外に出るときは、外から入るよりは容易く出ることが出来る。

 それでも弱い魔物では脱出することは出来ない。


 障壁を突破するだけの強い魔力が必要だ。


 それ故に魔力を多く使い光魔法で体周辺を覆えば、簡単に脱出出来てしまう。


 俺以外に空を飛ぶ相手もいないようだし、このまま撒けれるな。

 1つ問題なのはアインスの腕が俺の首を絞め殺そうとしていることだ。

 高い所が苦手なのかも。

 ツヴァイは思考が追いついてなく、項垂れていた。

 ドライは空を飛んでる事にワクワクしているようで落ち着きがない。

 こういう奴の方が面倒だ。

 ツヴァイのように身体全体の力が抜けている方が持ちやすい。



 

 しばらく飛び、伯爵領の街が見渡せる丘の上で降り立った。


 ドサッ、ドサッ、


 ツヴァイとドライを下ろす。


 ドライは興奮が忘れられないのかまだはしゃいでいた。

 ツヴァイはふらふらと立ち上がろうとして、ドライに手を繋いで貰ってようやく立てていた。


 初めてドライが役に立った瞬間だった。

 うん、全く感動はない。

 ごみがごみじゃなくなっただけの話だ。


「アインス……いいかげ離してくれ、ここはもう地上だぞ」


「は!……すみません、お見苦しいところお見せしました」


 アインスは深々と頭を下げる。


 レベルはかなり離れているのに苦しかった。

 本気で殺す気なのかと思った程だ。

 これがツヴァイなら苦しみと一緒に癒しも貰えたのだが、アインスではそれを感じることは絶望的だ。


 俺は選択を間違えた。

 次に飛ぶ時はツヴァイに背中から抱きしめてもらおう。

 それよりもツヴァイが飛べる魔法を習得してもらう方が先か。

 俺は空飛ぶタクシーになる気はない。


 そんなことより、俺にはしなくちゃいけないことがある。


 俺の法に従い行うべきことだ。


 火の海が広がる伯爵領を見つめる。

 

 ふふっ


 つい笑いが込み上げてしまう。


 あぁ、楽しみだ。


 これから起こる惨状が楽しみで仕方ない。


 

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