第34話 一悶着の末に


「ちょっといいかしら」


 気が強そうな女冒険者が向かい側の席に座る。

 許可する前にもう座っている。

 こういう場合こちらに拒否権はない。

 

「よくない、どっか行け」


 ここはあえて拒否してみた。


「そうはいかないわ、あなたには聞かなければいけないことがあるもの」


 やっぱり拒否権はなかった。

 面倒くさい。


「ダンジョンを最速攻略したって本当?魔剣と魔槍を持ってるらしいけど、あなたのパーティーを見る限りそう思えないのよね」


 そりゃそうだよな。

 アインス達だけではダンジョン攻略は無理だ。

 だが、俺は1人でもダンジョン攻略出来る力がある。

 それを見抜けないのであれば、こいつの程度も知れたものだ。

 前に絡んで来た図体だけの馬鹿冒険者と一緒だ。


「私、途中まであなたの戦いを見てたけど、奴隷に戦わせてばかりであなた自身全く戦ってないじゃない、それでよくダンジョン攻略をしたって言えるわね」


 昨日、5層あたりまで誰かの視線を感じていた。

 ダンジョン内にいる冒険者は俺達以外にもいて、最初はこっちの戦闘が終わるのを待っているだけだろと思っていたが、途中で監視しているんだなと気付いた。


 特に話掛けられたり、襲うような殺気も感じなかったし、5層より下では視線が消えていたので気にしてなかったな。


 装備は軽装に見えるし、レンジャーやスカウトのスキルを持っているのだろう。

 レベルは高くなさそうだし、いつでも殺れるな。


「あれはこいつらを育てるためにやっていた事だ。俺が参加したら意味がない」


「あなたが加われば簡単に終われるみたいに言うわね」


「その通りだからな、あの程度のレベルのダンジョンなら俺1人でも攻略できる。それに俺の奴隷をどう扱おうと俺の自由だ他人に指図される筋合いはない」


 俺のレベルを隠すなら、反論せず流してやればいいのだが、舐められるのは好きじゃない。

 

「奴隷にばかり戦わせていたくせに……どうせあなたが一番レベルが低くて邪魔で戦わせてもらえなかっただけでしょ」



「いいかげんにしなさい!」



 アインスが室内に響くような声を上げる。

 顔は少し赤くなっていて怒っているのが分かる。

 槍を握る手も震えて、今にも攻撃をしてしまいそうだ。

 止める気はない。

 殺りたいときは、好きに殺らせよう。

 これから国を相手にする以上、いつかは殺らせることになるからな。

 今の内に慣れておくのはいいことだ。


「な、なによ……私はね、冒険者としての……」


「だとしたら、余計なお世話です。ご主人様の偉大さが分からない方にとやかく言われたくはないですね」


 アインスはドンドンと足音が響くように女冒険者に近づく。

 その思いの強さが抑えられず、火山が噴火するように溢れている。


「こんな奴のどこが偉大だっていうのよ」


 女冒険者も引き下がることなく食いついてくる。

 自分から噛み付いたことでもう歯止めが効かなくなってるのかもしれない。

 だが、相手は狼の獣人だ。

 噛み付きについてはそこらの野良犬に負けるわけにいかないのだろう。


「私はかつて盗賊に囚われこの生命が尽きようとしてました。そこにご主人様が颯爽と現れて盗賊共を倒し、私を救い出してくれてました。

 さらにご主人様は傷だらけのこの身に貴重な上級回復薬を使っていただきました。その時から私の忠義は生涯ご主人様の元にあります。

 この名前もその時頂いた我が忠誠の名前です。

 もし奴隷からの解放を望もうものならその恩義に反することになります。ご主人様の奴隷から解放される時は私が死する時です」


 まるで白雪姫に登場する白馬に乗った王子様を語るようだ。

 勇者ではない俺に王子様要素なんて全くもってないんだがな。

 役で言うなら、魔女を陰から操って王女にけしかけ、用が済んだら始末する。

 その後、王子様のふりをして王女を助けるという自作自演をして表舞台に登場する。

 真の黒幕的なポジションだ。

 

 うん、いかしてるな!


 いつかやってみたいシチュエーションだ。


「上級回復薬を奴隷なんかに……そんな……」


 女冒険者は相当驚いてるようだ。

 上級回復薬の貴重さはアヌビス商会で教えてもらったが、相当やばいものだった。

 まず巷には出回らない。

 その殆どは王族や上級貴族が独占している。

 魔法書と同じくらい貴重なものだったようだ。

 それを知ってもアインスに使ったことに全く後悔は無かった。

 それだけの価値があると俺は思っている。

 

「あなた達はどうなの……こいつに酷い扱いを受けてるんじゃないの?」


「私は以前仕えていた主人にこの身を犯されそうになりましたが、ゼント様は私を救い出してくれてました。

 その後もゼント様は私の体を無理矢理求めることをせず、私を妻にするまで待ってくれると約束してくれました。

 今はゼント様に尽くせる相応しい女性になる為に修練しています」


 こちらは恋する少女の解説みたいだ。

 なんとなくに気付いていたが、ここまで好印象に変わっていたとは……

 最初とはえらい違いだ。


 魔法の習得のために頑張っていたことは知っていたが、他なにをやっているかなど全然把握していない。

 一々奴隷の行動を制限する気はないのだ。

 けっして監視するのが面倒だからではない。


「どらいは〜おなかいっぱいごはんたべさせてくれるごしゅじんさまだいすき〜」


 こっちはただの子供だ。

 ていうか、俺の印象は飯だけか!

 魔物から助けた話はどこいったんだよ。

 あぁ、そっか。

 気絶してからよく覚えてないのか。

 こいつとっちゃ嫌な記憶を忘れるられて良かったのかもしれないが、俺にとっちゃ助けてやった記憶を忘れられたんだ。

 恩を忘れられるとか最悪だな。


「なんであなたは奴隷をそんな大切に扱うことができるの⁉︎」


 この世界では奴隷に人権はなく、その命も粗末に扱うような対象なのだろう。

 それでもそんなに不思議に感じることかよ。

 俺からしたらありえない気持ちだ。


「こいつらの体から魂まで全て俺の所有物だ。自分の物を大切にすることに理由はいらないだろ」


 アインスは誇らしく胸を張り、ツヴァイは顔を赤くし、ドライは笑顔だ。


「どうして….奴隷なのに……」


 女冒険者は困惑している。

 俺の言葉はこの世界でそれほど有り得ない考えという証だ。


「貴方は自分の仲間が命の危険な状態の時、迷いなく上級回復薬を使えますか?

 貴方の仲間が体を求めて、それを拒んだ際に貴方の仲間は貴方の思いを尊重し我慢が出来ますか?

 毎日仲間に食事を好きなもの好きなだけ食べさす事ができますか?

 それが出来ないのであれば、貴方にご主人様の行いを咎めることはできません。

 それどころかご主人様を見習い尊敬すべきなのです。

 貴方にご主人様を馬鹿にするなど、女神が許さないでしょう」


 ここまでアインスが怒るのは珍しく初めて見た。

 余程、この女冒険者が気に食わないのだろうか。

 それとも他に理由があるのか。


「奴隷なんかが女神のことを語るな!それこそ女神の名前が汚れるわ!」


 こいつ、もしかして信者か?

 だとしたらすげーやだ。

 絶対仲良くなれないタイプだ。


 女神様に転生させてもらったことは感謝しているが、感謝と信仰は別物だ。

 俺は一生、神には祈らねぇ。


「汚そうなフードをかぶって……顔を見してみなさい!」


 女冒険者が手を振るい、アインスのフードを剥がそうとした。

 アインスも詰め寄りすぎていて、完全にかわすことが出来なかった。


 その指先がフードに触れてアインスの顔と白い毛の耳が露わになる。


「え?……白い狼の耳……」

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