第36話 『死神』


 元スリュート伯爵邸では混乱の渦の中にいた。


 騎士団員や屋敷の使用人などが走り回り、部屋やこう廊下を行き来していた。

 

 伯爵が死去した後は騎士団の駐屯地となっており、事務関係についてはその派閥にあるトナム子爵と騎士団が協同で後処理を行なっていた。


 本邸は焼けて住めなくなってしまったが、敷地は広く、別邸で仕事をしていた。


 トナム子爵が事後処理に熱心になるのも、この騒動が治れば、自分が昇爵して伯爵となり、この領地が自分の物になるからだ。


 トナム子爵は元々公爵家の三男として生まれたが、十数年も前に実家から離れて独立している。

 王都近くで冒険者として実績を積み、数年前に行われたドワーフ属との戦争の際に敵の将を1人討ち取ったことで国王陛下から貴族位を与えてもらえた。

 領地は貰えなかったが、爵位後も冒険者業を続けて国のために自分のために費やしてきた。

 その長い時間の末にこのチャンスが舞い降りてきた。


 しかもここの領地は王都から馬車で半日程しか離れていない。

 そのため商人なども頻繁に出入りしていて、街が結構栄えている。

 領主になれば安泰が約束される反面、不安要素もある。


 スリュート伯爵を殺害した『死神』だ。


 『死神』の存在が気になるが、もし自分が『死神』を討ち取ることが出来れば、さらなる昇格が約束される。

 自分にはそれ程の実力があると自負していた。


 先程、家来からその『死神』が冒険者ギルドに現れ、街で大暴れしていると報告があった。


 トナム子爵はこれをチャンスと捉えた。

 丁度ここには王国の第二騎士団が常駐していた。


 彼等の力は折り紙付きだ。

 騎士団長のレベルは51もある。

 20年前に王都から馬車で5日程離れた村に魔物の軍団が押し寄せたときは3日で村にたどり着き、そのまま戦いになったが辛くも勝利した猛者だ。

 『死神』のレベルがどれ程の物か分からないが、騎士団と自分の冒険者パーティーがいれば、必ず勝利を収めるをことが出来ると全く疑わなかった。


 眩しい未来がトナム子爵の顔の笑いを抑えつけられないでいた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 スリュート伯爵領近くの空にそれはいた。

 晴天の空を覆うように、暗い雲と共にゆっくりと迫っていた。

 その姿は黒に溶け込んでいて、不気味という言葉がよく似合う、体長3メートルぐらいの禍々しい姿があった。

 背中には堕天使の羽を羽ばたかせ、手にはデスサイズと呼ばれる身の丈程もある鎌を持っている。

 物語に登場する死神がそのまま現れたような姿だ。

 全身の何もかもが黒で覆われている。


 魔王の幹部『死神』

 名をデトートス。


 昔、魔王と共に勇者と戦った『死神』の子孫。

 ではなく、彼は戦いを生き残り、今まで長い時間息を潜んで来た本物の『死神』だ。


 彼が動いたのは理由があった。


 それは魔王軍の子孫に関係していた。


 彼は烏に似た使い魔を使役して、魔王軍一の情報収集能力を有していた。

 

 だが、そんな彼の力を持ってしても、幹部の子孫を探すことは困難を極めた。

 烏の目を通して視覚を共有して情報を集めることが出来た。

 勿論、魔力の感知にも優れていた。


 しかし、魔王の子孫は先祖と似たような魔力を有しているが、亜種との交わりにより、その魔力は低下し変化していた。


 故に、全く別のものになっていたりする者もいた。


 既にルシファー、レヴィアタン、ミノタウロス、セルケトは見つけていた。

 中には接触することに成功した者もいた。

 逆に閉鎖空間に囚われて接触できない者もいた。


 そんな彼の情報能力でもフェンリル、カーバンクルだけは見つけることが出来なかった。


 それもそのはずだ。

 フェンリル(アインス)とカーバンクル(ドライ)は姿が獣人に変わり、魔力は似ても似つかない存在になっていた。

 そのため、先祖と同じスキルなどの力を持ち合わせていなかった。


 けれど、彼は長い時間を掛けて全ての子孫を見つけることに成功した。

 運が良かったとも言える。


 偶々自分が潜んでいた都市の近くで、偶々フェンリルとカーバンクルが共に行動していて、偶々出入りが多い冒険者ギルドに烏を配置していたら偶々見つけることができた。


 偶然が重なり過ぎな感じもするが、これは魔王様の導きだとデトートスは理解した。

 今こそ魔王軍復活の時だと。

 子孫を手に入れる為に部下の魔物達を引き連れ移動を開始した。


 だが、ここでデトートスにとって予想外の出来事が発生してしまった。


 いざ2人がいるスリュート伯爵領に来てみれば、火の海が広がっている箇所がある。


 これでは捜索がより困難になってしまう。

 視覚での捜索はまず無理だ。

 冒険者ギルドを監視していた烏たちも火魔法でやられてしまったために行方が分からなくなってしまった。


 まさか⁉︎

 此方の監視に気付いたかもしれない。


 勇者の従者の1人である賢者は此方が魔力察知による探索をすればそこから逆探知されてしまう程に魔力察知が優れていた。


 あれから数百年の時が流れ、勇者共の行方は分からないが、人属であった賢者は生きてはいない筈だ。


 可能性は賢者の子孫がいることだ。

 これはゼロではない。

 もしかしたら、勇者も元従者の子孫を集めているのかもしれない。


 だとしたら、向こうの戦力が揃う前にこちらの戦力を万全の状態にする必要があった。

 

 もう一つ気がかりなのは、監視していたフェンリルとカーバンクルが奴隷になっていて、人属の主人がいることだ。


 勇者達が敵である者を奴隷にするとは考えられないかった。


 デトートスはあの人属の主人が魔王様の生まれ変わりかとも思ったが、生前魔王様はもし自分が生まれ変わるなら千年以上の時が必要と言っていたことを思い出した。


 まだ666年しか経っておらず、魔王様が復活するには早すぎた。


 ならば、姑息な手段で主人になったやつを殺し、その全てを奪おうと考えた。

 もう1人容姿に優れた女の人属がいたが、こちらはゴブリンなどの魔物の慰みものにでもなってもらう予定だ。


 デトートスは進軍を加速させる。

 やっと訪れたチャンスを手放すわけにいかなかった。

 自分以外の全てを失ってから、飢えに飢えていたものを取り戻し、手に入れるために強行手段に出る。


 欲したものは全て手に入れる。

 永遠に渇き続ける欲望を満たすために動く。

 それが『死神』が持つ本望だからだ。

 

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