第26話 話し合おう
鼻をくすぐるような感覚に目を覚ました。
目の前には動物の耳があった。
腕の中にはアインスがいた。
アインスの耳が俺の鼻をくすぐったようだ。
こんな起き方も悪くないな。
アインスの寝顔を久しぶりに見た。
野宿していた時は見ていたが、あの時よりも安らかで幸せそうな寝顔をしている。
起き上がると、すでにツヴァイは着替えを済ませていた。
「おはようございます。ゼント様」
ツヴァイは礼儀正しく御辞儀をする。
それとは別で俺のとなりに鋭い視線を向けている。
「……起こしましょうか?」
なんか日頃の恨みを晴らそうというのか、そんな表情だ。
意外に腹黒なのか?
アインスには悪いがこれも面白そうだ。
ツヴァイに頼むように告げると、アインスの腕を引っ張り落とそうするが殆ど動かないし起きもしない。
結局、ベッドから落とすことは諦めて顔をペチッペチッと叩いていた。
「……ぅん、……ん!……」
目覚めたアインスは勢いよく起き上がる。
周りを見渡して、状況をすぐに理解する。
顔がどんどん青くなっていく。
「アインスさん、ゼント様より遅く起きるなんていい御身分ですね」
おぉ、ツヴァイがいい顔をしている。
全く笑ってるようには見えないが……
「!……すみませんご主人様!こんな失態を……」
アインスはベッドから降りて土下座の体制をとる。
「気にするな、昨日は昼も夜も疲れたろう、今日は休日なんだ……ゆっくり休めばいい」
アインスは再度深々しく頭を下げる。
うん、こんなに慕われるのはいい気分だ。
外を見ると、とっくに日は昇りきっていた。
夜に張り切り過ぎると、次の日の半日が潰れてしまうな。
全く後悔はしていないけど。
「さぁ、飯を食いに行くぞ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「また兄ちゃんか、贔屓にしてくれとは言ったが……毎日通うつもりか?」
「たまたま用事が重なっただけだ」
飯の後いつもの武器屋に来ていた。
今回はツヴァイの新しい武器を依頼しに来たんだ。
「魔法を使う為の杖とかの武器が欲しい」
「兄ちゃんが使うのか?」
「いや、こいつが使う」
俺はツヴァイの背中を前に押し出した。
「こっちの嬢ちゃんかー、あんま鍛えてる訳じゃ無さそうだな……またオーダーメイドにするのか?」
「期間と値段はどれくらい掛かるんだ?」
「魔法を使うとなると初心者には杖がおすすめだが、杖はどちらかというと不得意でな……1週間以上は欲しい、値段も最低金貨10枚は頂きてぇな」
「時間も金もそんなに掛かるのか?」
「俺は魔法が使えないからな、どういうのが丁度いいのか不明なんだ。作るときはいつもギルドに依頼を出して魔法が使える奴に調整やらを手伝って貰ってるんだ。適当に作って魔法が不発や暴発なんてしたら大変だからな」
「なるほどな、そいうことなら仕方ないな……既存の物はあるか?」
「それならそっちに飾ってあるのが全部だ、種類が少なくてすまねぇな」
壁には4本の杖がかけてあった。
1m以上ある長いのが2本と50cmぐらいの短いのが2本だ。
「長い方は魔法の威力を上げる効果がある。短い方は魔法の発生速度を上げるんだ」
「なるほど、ツヴァイはどっちがいい?」
「……ゼント様にお任せします」
意欲がまるで感じられない。
戦闘についてど素人だからどんなの良いと聞かれても困るだけか。
「チームに盾持ちがいないなら短い方がオススメだな。魔法を詠唱している間は無防備なるから、短い杖だと走り回りながら打ちやすいんだ。長い方だと短い方よりためが長いんだ」
なるほど、俺がやってたゲームだと魔法の種類は多くなかった。
武器やスキルで攻撃することが主な攻撃方法だったな。
魔法職もあったが、俺の肌には合わなかった。
武器で相手を攻撃する方が気持ち良かった。
結局、オヤジのオススメの短い杖を購入した。
ついでに武器と防具のメンテをしてもらった。
代金は短い杖の分だけで金貨10枚だった。
メンテはサービスだ。
今は俺とツヴァイの2人で適当にぶらついている。
アインスは宿に帰るように言った。
不満そうだったが仕方ない。
出来るだけ正体がバレるリスクを避けたい。
それならずっと宿にいればいいと思うが、それではストレスが溜まってしまう。
犬にはちゃんと散歩をされてあげないといけないからな。
アインスは狼だけど、犬科だから理屈は一緒だろ。
それと昨日の続きでツヴァイとコミュニケーションをはかるためだ。
明日はアインスとツヴァイの2人でダンジョン攻略をしてもらう予定だから。
ツヴァイにも戦って貰ってレベルアップしてもらう。
できるなら、ダンジョン攻略をやってもらいたい。
『無能王』についての実験もしたいからな。
まずは目の前の問題からだ。
さて、どうやって戦う理由をつけてもらうか……
「ゼント様……あれ……」
ツヴァイの視線の先には3人の男達が子供を囲んでいた。
「この役ただず!てめぇのせいで5階層しか行けなかったじゃねぇか!」
子供に罵倒を飛ばしたり、蹴ったりしていた。
「戦闘に役立つっていうから、高い金だして買ってやったていうのに、まるで使えねぇな!」
言いたい放題って感じだ。
会話を聞くと子供は奴隷みたいだな。
奴隷商会に行った時にあれぐらいの子供を見たが、欲しいなんて思わなかった。
子供相手に欲情なんてしまい。
そんな趣味は俺にはない。
特に気にすることなく、通り過ぎる。
ツヴァイは顔色が悪そうだ。
「あの奴隷のことが気になるか?」
「はい……」
あれがこの世界の奴隷の扱い方なんだろうな。
それに比べると俺はましな方だと感じる。
「あんな風にして欲しいのか?」
「え⁉︎いや……そんな……」
「冗談だ、俺にそんな趣味はない」
ツヴァイはホッと息をもらす。
「俺はよく知らないんだが、奴隷の扱いはあれが普通なのか?」
「そうですね、奴隷商会にいたころに周りの人に聞いたのですが……物のように扱われて、ご飯を貰えなかったり、あんな風に暴力を振るわれたりするのが当たり前のようです」
そりゃあ、怯えるのも仕方ないのか。
粗相をしようものなら、暴力を振るわれるかもしれない。
俺がツヴァイに与えた印象は人殺しが強いだろうからな。
焦っても時間がないし、時間をかけていくしかないな。
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