04 ~微笑と爆音の残響~
溶子が指し示していたのは、さっきスケルトンが現れたのと同じ方向。林の奥からぞろぞろと、今度は六体の人型骸骨が姿を見せる。骨製の剣と盾を手にした、骸骨剣士の分隊だ。
しかし、学園の敷地内に下級幻魔が群れで現れるとは、何か妙である。幻魔は個々に好き勝手暴れ回ることが多く、群れをなして行動することはかなり珍しい。
おそらくこの骸骨達は、何者かに統率されている。
「下級のスカルナイトが六体――たぶん、中級のスカルロードが統率してる」
どうやら溶子も、僕と同じ考えらしい。
骸骨卿の固有幻想なら、配下となる骸骨達を次々に生み出せる。自分は林の奥に潜んだまま、手下に人間を襲わせればいい。早めに頭を潰さなければ、この雑木林が骸骨達の楽園になりかねない。
事態がこれ以上悪化する前に、ここで片をつけるべきだろう。
しかし、手持ちが溶子一人の状態で、中級幻魔と出会すことになろうとは。
「カナもすぐに駆けつけます。
一人で無理しちゃダメですよ、よーせんぱい」
状況の変化をすぐさま理解し、スマホの画面から姿を消すデフォルメ花撫。
固有幻想を解除して、自分の肉体に戻ったのだろう。風紀委員会屈指の破壊力を誇る花撫が仲間に加われば、中級相手であろうと恐れるに足りない。
なにしろ風紀委員会は、固有幻想に目覚めた学生達の暴走を制するための組織。他の覚醒者に対して睨みが利く、実力者の集まりなのだから。
「
溶子は無理に一人で戦おうとはせず、姉妹間の思念伝達網を介して、頼れる姉達へと状況報告済み。素晴らしい冷静さだ。
生体強化に特化した長女の緋奈なら、中級相手でも十分に張り合えるだろうし、生体修復に特化した三女の美愛なら、誰かが大怪我を負ってもすぐさま現場で治療できる。あの二体が駆けつけてくれるのなら、盤石な体制は約束されたも同然。
ただし、僕の私邸からこの林までは、かなりの距離がある。増援が来る前にやられてしまっては意味がない。
「それじゃ、なるべく無理せず、持久戦といこうか、溶子?」
「了解、マスター」
溶子は地面に飛び降りると、陽兵の足下から少し離れて拳を構える。その小さな両手の甲では、出力を抑えた幻想の炎が、ちろちろと揺らめいている。
統率の取れた歩みで、陽兵達との距離を着実に詰めてゆく骸骨剣士の一行。
溶子に並び立つ陽兵もまた、骸骨達をどろどろに溶かし尽くすべく、その手のひらに力を込めた。
始末し終えた骸骨兵は、すでに三十体を超えただろうか。統率者と思しきスカルロードの居場所は、依然として掴めないまま。林の奥へと足を進めているのだが、いっこうに姿が見当たらない。
「……はぁ……はぁ……」
溶子は努めて冷静さを装いながらも、その息はすでに荒く、明らかに疲弊していた。身に纏うメイド服も斬られ、破かれ、その隙間からは痛々しく傷ついた肌が覗いている。
「マスター、傷の修復を……」
その両手で燃え盛っていた紅蓮の炎は、すでに消え失せている。もう満足に固有幻想を使えないだろう。それでも溶子は、僕の盾となるべく戦おうとしている。
「いや、溶子は後ろで休息を。ここから先は、僕一人で戦おう」
溶子の奮闘のおかげで、僕にはまだ余力がある。それに、二体の姉人形達も、そろそろ到着する頃合いだ。
「それは無理……マスターを、危険に晒せない。
姉々達が到着するまでは、あたしが頑張る……」
戦いで乱れた金色の長髪が、ふるふると左右に揺れる。
創造主である僕の指示すら拒む、強情さ。
その閉ざされた瞼の奥からは、脳内設定を超える自我すら感じられる。
ならば僕は、その意思を尊重しよう。
陽兵は溶子の頭の上に手を置いて、その小さな身体の中へと意識を巡らせ、
「……
ボロボロだった溶子の肉体が、戦闘前と変わらぬ姿へと修復される。一方、幻想通貨で購入した特注のメイド服は、幻想なので切り裂かれたまま。消耗した体内の魔霊子も、元には戻らない。
「くれぐれも、無理はしないように」
念を押す陽兵に、こくりと小さく頷く溶子。小さなメイド人形はすぐさま後ろを振り返り、歩みを進めるスカルナイト三体に向かい走り出す。
溶子の接近を感知した骸骨達の歯軋り音。
地を這うように駆ける溶子へと、次々に振り下ろされる骨剣。
力任せの大ぶりを、溶子は小さな身体でかろうじて交わしながら、骸骨達の足下へと迫り、
「――
溶子は手のひらにかろうじて炎を灯し、スカルナイト一体の足首を撫でるように削ぎ落とす。しかし、バランスを崩した骸骨の身体は、溶子の身体を巻き込むように地に倒れる。
「――溶子っ!」
「――来ないで……」
骨の海に飲まれながらも、溶子は陽兵を押し止める。
所詮、人形――壊れても作り直せば良いと、溶子もまた理解している。
だから、このまま……見殺しにしろと?
気づけば、身体が動いていた。
突き動かしているのは、理屈ではなく感情。
元々は、自作ゲームに登場させようと構想していた、キャラクターの一人でしかない。
それでも、この手で一から作り上げてきた。
その肉体を。その感情を。
事あるごとに手を触れて、言葉をかけて、応えてくれるその姿に笑みが零れた。
そんな、人形を……大切にして、何が悪い!
骸骨の下で身動きできない溶子の腹部へと、別のスカルナイトの剣が突き立てられる。溶子は苦痛の呻き一つ上げず、自らを地面に繋ぎ止める剣の腹へと手を伸ばす。しかし、その手の炎はすでに消え、完全に力を失っている。
「――
陽兵は拳を堅く握り締め、溶子を見下ろすスカルナイトの顔面へと、破壊のイメージを叩きつける。
割れた水風船のように、溶け、爆ぜる頭蓋骨。
だが、スカルナイトは動きを止めず、手にした盾ごと陽兵に体当たり。
胸ポケットから滑り落ちるスマホ。
陽兵は背中から倒れ、地面に激しく身体を打ちつける。
「――ぐっ……」
衝撃に息が詰まり、身体が痺れて動かない。
たった一撃で、この様。
今まで人形達の背中に隠れ、直接戦闘を避けてきたツケだ。
頭部を失ったスカルナイトは、魔霊子の漏出に伴い動きが鈍り、陽兵へと追撃を仕掛けることなく、その場に座り込むように動きを止める。
けれど、間近に迫る残り一体が、陽兵を仕留めるべく剣を高く振り上げ――
「――
遙か遠くから、凜と響き渡る花撫の声。草むらに転がるスマホの画面から、突如生え出す数本の鎖。親指ほどの太さがある鉛色の鎖が、スカルナイトの身体に絡みつき、雁字搦めに縛り上げる。
陽兵の危機を救ったのは、スマホへと送信された花撫の鎖だった。
もっとも、スマホの近くにいた陽兵もまた、鎖の群れに巻き込まれて、全身を束縛されてしまったが。
陽兵は拘束から逃れていた首を動かし、声が聞こえてきた方へと顔を向ける。
「遅くなってすみません、よーせんぱい」
息を弾ませながら、こちらへ駆けてくる花撫。学園支給の紺のブレザーが、膝上丈のチェックスカートが、所々切り裂かれている。
胸元まで伸ばされた栗色の髪はひどく乱れ、その表情は窺えない。口元に浮かぶ微かな笑みだけが、かろうじて視認できる。
そういえば、すぐ救援に来れるよう準備していた様子だったのに、すでに随分と時間が経っている。ここに辿り着くまでに、花撫も骸骨達に絡まれたのだろ――ぅ……っ!?
「少し手間取ったけど、もう大丈夫です」
風紀委員の証たる赤色のスマホを手に、こちらへと歩み寄ってくる花撫。
何の脈絡もなく、唐突に……
その首へとかけられる、禍々しい装飾のネックレス。
5……4……3……
胸元の青い宝玉から、宙に映し出される青い数字。
それは、死へと誘うカウントダウン。
花撫の固有幻想、
誰よりも熟知しているはずの、その時限爆弾で……
どうして、花撫が……自分自身を……
あまりの驚愕と、困惑で……僕は何一つ、声が出せない。
ぶるるるる
突如、陽兵の傍らで、地に落ちたままのスマホが震え始める。
その振動は、メールの着信を知らせる合図。
【逃げて】
自動的に画面に表示された、着信メールの内容。
それは、あまりにも簡潔な、別れの言葉だった。
……ぁぁ……ぁぁああ……ああああああ……
次の瞬間、耳を劈くような爆音と共に、僕の世界は闇に染まった。
壮絶な喪失の体験。
記憶の扉は固く閉ざされ、思い出は意識の奥底へと沈んでゆく。
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