必然的未来予知
園長
必然的未来予知
最後がどうなるか分かっているものほど退屈なことはないと思う。
例えばテレビの野球中継とか。
私にはわかる、次の球を高く打ち上げてキャッチャーの人が取る映像が頭に浮かんだから。
10秒ほどして、予想していたとおりに実況者が声を荒げるのが聞こえる。
『おおっとこれは打ち上げたぁ! そのまま、試合終了!』
ほらね。
お父さんはお気に入りのチームが負けて、ソファーの上で「だぁぁー!」って悔しがってたけどね。
私は未来を見ることができる。
なんて言うとうらやましがる人もいるだろうけど、私はこの力があってよかったと思った試しはない。
そもそも未来を見ようとして見れるわけじゃなく、次に起こることが頭の中に勝手に浮かんできてしまうだけだ。
それに、だいたい1分くらい後に起こる未来までしか見ることができない。せめてテストの答えがわかる予知能力だとよかったのに。
未来が見えるせいで、皆と入ったお化け屋敷で驚けなかったり、誕生日プレゼントで喜べなかったり、映画のラストシーンを知ってしまったり……。
皆が驚いている時に、自分だけ驚いたふりをしなくてはいけないことも多かった。
先を知ってしまうことは、なんて味気ないんだろうといつも思ってしまう。
普通の女の子として生きて、普通に皆と遊んだり、学校生活を送りたいのに。
だけどその日、私は決心していた。
1年半ずっと片思いを続けた先輩に告白するためだ。この告白がどうなるかは私の力ではわからない。
相手は私と同じ演劇部の、ちょっと頼りないけど優しい先輩。私より少しだけ背が高い先輩は1つ下の私にいろいろと部活のことを教えてくれた。
もう受験生だから引退しているけれど、秋の公演の手伝いにたまに顔を出してくれていた。
もう受験シーズンだし、告白するには今日が最後のチャンスかもしれない。
大丈夫、希望はある。何度か2人きりで帰ったこともあるし、先輩のことなら私はよく知っている。例えば家に猫を飼っていることとか、甘いものが好きなこと、電話で話すのがちょっと苦手なことも。
自分で言うのもなんだけど、かなり仲良くなったんじゃないかと思う。
そう思い返して鏡に映った自分を見ると、衣替えしたばかりで薄っすらとタンスの匂いがしていた冬服も、いつもは寝癖がひどい髪の毛も、今日は別に悪くないと思えた。
そうして部室で小道具が沢山入ったダンボールを運んでいると、先輩から声をかけてくれた。
「それ、準備室に持ってくの? 僕も手伝うよ」
私は顔がにやけそうになるのをこらえて「ありがとうございます」と言った。
先輩はいつも優しい。
そして誰に対しても、優しい。
私はその優しさが自分以外の誰かに向く瞬間、いつも胸が苦しくなった。
だから私は、告白すると決めた。
準備室の中は少しホコリの被ったダンボール箱が積んであったり美術部の使うイーゼルが並べられている。オレンジ色の夕日に照らされていて、そして誰もいなかった。
伝えるなら今しかないと直感した。
「あの、先輩」
重たい段ボール箱を机に置いた先輩は「ん、どうしたの?」と、こっちを振り返る。
「あの、先輩、私……えっと……」
しかし、その先は、何も言えなかった。
先輩との間を不自然な沈黙が流れる。
グラウンドで練習中の野球部の掛け声とボールを打つ金属音が、カーテン越しに小さな部屋の中で反響していた。
「あ、あの……その……いえ、やっぱり何でもない、です」
「そう? 部活のことかな? 何か悩んでるなら相談にのるよ?」
こんな時に、そんな心配そうな顔をしないでほしい。
「あ、はい。ありがとうござい……ます」
「どうしたんだよ、そんな深刻そうな顔して」
こんな時に、そんなふんわりとした優しい笑顔を見せないで欲しい。
「大丈夫です。すみません」
私は逃げるように先輩の前から去った。
だって見えてしまったから。私の告白が失敗する未来が。
先輩が困ったような顔をするのも、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるのも、わかってしまった。
100%断られてしまうのが分かっているのなら、最初から諦める以外になかった。
私は涙が出ないように我慢しながら走って、皆が発声練習を始めている校舎裏にたどり着いた。
そして大きなため息をついた。
その日、部活の後で完全に日が落ちて暗くなった中を、私はいつものように友人の
校門を出てすぐ、紬は周りに誰かいないかキョロキョロと確認していた。
「で、今日どうだったの?」
肌が焼けて活発そうな顔に好奇心を映して紬は尋ねてきた。
さっぱりとした性格の紬らしい直球の質問だったけれど、私は返答に困った。
「うーん……」
私の顔を覗き込んで来る紬の顔が「成功なの? 失敗なの?」と訊いてくる。
「えっとね、実はやめちゃったの」
「はぁ? え、やめたって、告白を? なんで、だって今日告白するって言ってたじゃん」
紬は意味不明だとでも言いたげな顔で私の方を見てくる。
「いやあのね、その、告白する1歩手前までいったんだけどさ……あー、うん」
なんて説明したらいいものか。
「ははーん、怖くなったんでしょ、先輩にフラれるのが」
紬はすべてを見透かしたように言って私の肩に手を置いた。
「もったいないなー、もしかしたらうまくいくかもしれないのにさ」
うまくいくわけない。
「先輩が受験で忙しくなる前に、もう1回チャレンジしてみれば?」
「うまくいかない」
私の口は意思とは関係なく勝手に動いていた。
「え、だって、もしかす……」
「絶対にうまくいかない! 私にはわかるの」
紬の言葉を遮って私は叫ぶように言ってしまった。
「なんで分かるの?」
怒っている風じゃなく、紬はただ不思議そうに私の顔を覗き込む。
私は自分の力のことを言ってしまうか迷った。だって今までずっとバカにされると思って親にも言ったことはないのだから。
でも、今言わないときっと私は紬に誤解されたままだ。
「絶対笑わないって誓う?」
「いいよ、誓う。私が誰かをバカにしたことある?」
そういえば紬が誰かを見下して笑っているのなんて見たことないような気がした。
そんな私の心を読んだかのように「でしょ?」と言った。街灯の薄暗い光でもわかるぐらい自信満々の顔だった。
私は観念して小声で「私、ちょっとだけ未来が見えるの」と、初めて打ち明けた。
「マジ? え、私の結婚相手とかもわかっちゃったりする?」
紬らしい反応だなと、少しほっとしながら思う。
「それは無理、ちょっと先のことしか分からない」
私は自分の能力のことを紬に説明した。どこまで見えて、何ができるのか、今まで絶対に変わらない未来が見えることでどんな苦労してきたかも、気がつくと話していた。
「なるほどね、そりゃなんていうか、地味な力だね」
「そうなの。で、先輩に告白しようとしたときに、断られる未来が見えちゃったわけ」
そう言った時、また私に未来が見えた。
「あ、ちょうど今見えたよ。もうすぐあそこの角から眼鏡でスーツの男の人が出てきて、こっち側に歩いてくる。右手に腕時計してる」
5秒ほどして、やっぱり男の人が現われて、こっちに歩いて来た。見なくてもわかる、眼鏡をかけていて腕時計をしている。
すれ違った男の人を紬が振り返ってじーっと眺めていた。
そして男の人が見えなくなるのをしっかりと見届けた後「まじだー!」と男の子みたいに言って感激していた。
「さっきも言ったけど、たまたまだよ。1日に何回か見れるだけだから」
「いや十分すごいと思うよ」
そう私を褒めた紬は、珍しく何かをしばらく考え込んでから口を開いた。
「あのさ、明日の部活終わったら私の家に来ない? 久しぶりにちょっと遊ぼうよ」
「え? うんいいよ」
明日は土曜日だし、午前中の練習さえ終わればあとはフリーだ。
次の日、久しぶりに紬の家に行った。
部屋に入ると「ちょっと待っててね」と言ってクローゼットの奥から何やらちょっとホコリが被った大きめの箱を取り出してきた。
「何それ?」
「何って、人生ゲーム。知らない? お金集めるすごろくみたいなやつなんだけど」
「へぇ、見るのは初めてかな」
そう答えると、紬は悪巧みを思いついたような顔でへへへと笑った。
「え、まさか今からやるの?」
「やるよ。でね、1つお願いがあるんだけど、未来が見えたら私に教えて欲しいの」
わざわざ私を部屋に呼んでまで能力が見てみたいのかな、それとも能力が本物か確かめたいのかもしれない。
「え? うーん、まぁいいけど」
言われるがままにゲームを始め、ルーレットを回してコマを動かし、マスに書いてある内容に従ってお金を手に入れたり払ったりしながらゲームを進めた。
最初は紬がリードしていたけれど、私のコマが「弁護士に転職する」のマスに止まってからすごい勢いでお金が入ってくるようになった。
紬がルーレットを回した瞬間、未来が見えた。私は「7に止まって『ハンバーガー大食い競争で優勝し1万ドルもらう』のマスに行く」と予言した。
ルーレットの立てるカチカチカチカチという音が次第にゆっくりになり、7の数字を指して止まる。進んだ先のマスは、私がさっき言ったものと同じ内容だった。
紬は「やっぱすごいね」と、1万ドル札を取りながら感心していた。
その後、ゲームを進めていくとさらにもう1度、未来が見えた。
お金の枚数を確かめている紬が言う次のことばはこうだ。
「「お札を数えるのって楽しいよね」」
敢えてタイミングを合わせて言ってみた。私の方を見た紬は静かにふふふと笑っていた。
そしてゲームが最終局面に差し掛かった頃。
今日は調子がいいのか悪いのか、また未来が見えた。
「私の勝ちだ、1000ドル多いよ」
私の頭の中ではお金を数えて「まじだー」と悔しがっている紬の姿が映されている。
「それって100%そうなる?」
ゴールした紬はそう尋ねてくる。
「100%だよ」
私は迷うことなく答えた。
ところが。
その10秒後、紬は自分の紙幣を数えて不敵に笑っていた。
「外れたね、未来予測。私の勝ちだよ」
そんなばかな、と思った。だって私の未来を見る力は絶対だから。
お互いのお札を数えていくと、やっぱりさっき見た通り私の方が1000ドル多かった。
「やっぱり合ってるじゃん」
「ううん、私の10000ドル札の裏を見てみなよ」
後ろには ×2 と鉛筆の汚い字で薄っすらと書かれていた。
「これは1万ドルじゃなくて2万ドル札なんだよ」
「こんなのズルじゃん」
紬は無邪気にむはははと笑ってから、こう言った。
「実は私も小さいころ、未来が見えたんだよね」
私はその言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。
未来が見えた? 紬も?
「そもそもさ、未来が見える力って何なのか考えたことある?」
私はうまく反応できなかったけど、紬は構わずに続ける。
「例えばルーレットを回したらどこに止まるかは分からないよね。でもこうやってちょっとの力だけで回したとしたら? 誰だって次の数字になるって予測できるよね」
紬は数字が1つだけ動くような微妙な力でルーレットを回した。
私はまだ紬の言いたいことが分からない。
「未来予測ってのはたぶん、とっても強い予測をしてるだけなんだよ」
「えっと……本当は未来に起こることが見えるんじゃなくて、単に予想してたってこと?」
紬はよくできましたというような笑顔で頷いた。
「だから、私の指先がルーレットを回すのを見てその勢いでどこに止まるかを無意識のうちに予想して当てた。私のよく言う言葉を知っているから次に何を言うかがわかったし、無意識にお金の計算をしていたから勝つことも予測できた。でもお札の裏に書いてあるこの文字は知らなかったから予測できなかった」
紬は人生ゲームを片付け始める。
「私もね、子どもの頃はこの未来予測の力が嫌いだった。だから昔、本当に未来は決まってるのか試してみたの。それでゲームに自分でも気づかないいろんな仕掛けをして遊んでみたってわけ」
そうか、それがこの人生ゲームってことか。
「私は仕掛けを知ってるから最後は必ず勝つって分かってたんだけどね。自分以外だったらどうなるか試してみたかったの」
私は頭の中でいろんな考えがぐるぐると回っていてまとまらなかった。
「……えっと、あのさ紬、私今まで未来予測を外したことないんだけど。もし私がしてたのが単なる予測なら外れることもあるよね?」
紬は当たり前のことを答えるかのように「今までも外れてたと思うよ」と言った。
「でも未来を言葉にしなかったでしょ? だから少し外れていても、起きた未来に合わせて『やっぱり思ったとおりだ』って思い込んでただけ。言葉にすると予測は変わらないから外れるよ」
「そんな……そんなこと」
「例えばほら、前に道角から男の人が来るって言った時、右手に腕時計って言ったよね。でもつけてたのは左手だった、いつもは右手に腕時計してるんだろうけどね、ケガでもしたのかな?」
そうか、私の記憶には右手に腕時計をしてる男の人があの道を歩いていたから、それで予測していた……。
ゲームを片付け終えて箱の蓋を閉めた紬は、ふっと小さく息を吐いた。
「それにね、先輩への告白だってうまくいかないって決まったわけじゃないよ。そりゃまぁ確率は低いかもしれないけどさ。だって、やめたんでしょ? 告白。ということは、予想した未来は起こらなかった。そもそも未来は変わってたんだよ」
小さい子に語りかけるような優しい口調でそう言った紬は、いつものような屈託のない笑顔を浮かべていた。
なんだか不思議な気分だ、ズルをされて負けたことをこんなに嬉しく思えるなんて。
だって、結末がどうなるか分かっているものほど退屈なものはないと思うから。
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます