第5話

 民俗学者の息子として、この手の話はいやというほど聞かされている。きょうにさらされながらも、たいしょほうをまったく思いつけないミソギ少年ではなかった。

 さわらぬ神にたたりなし。

 ゆうれいに心霊スポット、そして神隠しも同様だ。むやみにれず、触れてもすみやかに離れること。これさえ守れば最悪の事態だけはけられる――。

 今だけは非科学的なその話がたのみのつなとなろう。そう信じ、ミソギ少年は必死になって山道をりていった。

 そんな彼の目にぼうの光が差し込んだ。山の入り口である二股道まで十数メートルといったところで、おりしも父を見かけたのだ。

「父さん……父さん!」

 ミソギ少年は声と力を振りしぼる。父が二股道を通り過ぎる前に気づいてほしかったのだ。いつまでも耳から離れない鬼の足音を恐れるあまり、でも。

「――ミソギ?」

 父はふと顔を向けた。ミソギ少年はほっと胸をなで下ろす。

 されど悲しいかな、希望はつかの間の夢だった。

「――気のせいか」

 父はそっと顔をそむけた。ミソギ少年ははっと胸を突かれる。

 暗くとも見えよう、遠くとも聞こえよう。なのに父の歩みは止まらない。

 とうとう息子に気づかぬまま、父は人里へ向けて二股道を通り過ぎてしまった。

「そんな……!? 父さん! 待ってよ父さ、あっ――!?」

 ミソギ少年は走りつかれた足をもつれさせてしまい、前のめりに転倒する。もう少し近づけばきっと気づいてもらえると、その一心ですかさず体を起こそうとしたが、しかし立ち上がることはかなわなかった。

「つっかまーえた」

 背後から告げられた決着の一言により、彼ははたと思い知る。立ち上がれないほど体が重いのは、ランドセルもろともユウキに乗りかかられているからだと。

「ミソギったらずるいよ。鬼さんこちらって、一回も言ってくれないんだもん」

「ユウキ……!」

「次はミソギが鬼ね。あっ今度はぼくが目隠ししてあげる」

「もう、いいだろ……それに暗くなるまで遊んでたら、父さんにだって」

「怒られないよ。だってきみ、からね」

「――え?」

 ミソギ少年は我が耳を疑った。

 なぜを問われるまでもなく、三日月を思わせる口元からさらなる言葉がつむがれる。都会育ちが「おとぎ話」とたかをくくった《目隠し鬼》の真実を。

「見た目、弱り目、ひどい目――古来より目は人の様子や性質、ときには体験をも意味する。それを隠されたんだから、気づかれなくて当然だよね」

「うそだ!」

「でもだいじょうぶ。きみの目を隠したのはぼくだから、ぼくだけはきみを見つけられる」

「……うそだ、そんなこと……」

 今にしてあらがったところでおくれだ。

 孤立すれどもへいおんだったでの日々はもう、戻らないのだから。

「きみをひとりにはしないよ。ぼくがこれからもずっと《目隠し鬼》で遊んであげるからね?」

「いやだ、助けて…………父さん……」

 けんめいなる呼び声は深いくらやみにかき消され。

 少年のなみだもまた、《目隠し鬼》のの手によってつゆと消えていった。

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