第4話

 ミソギ少年は丸眼鏡を外し、おびじょうにたたんだハンカチで自らの視界をおおう。夕暮れさえもかせぬ《目隠し鬼》の始まりだ。

 ふつうの鬼ごっことの違いは鬼のじょうたいにある。

 鬼は文字通り目隠しをしながら逃げる相手をつかまえなければならない。それが《目隠し鬼》のルールである。

 その性質上、ものやだんといった足もとの危険がなく、逃げられるはんに限りがある室内での遊びにふさわしい。まかり間違っても田んぼにはさまれた田舎いなかみちで遊ぶべきではないだろう。

 都会育ちがそれに気づいたのは、あんちゅうにてユウキの手拍きを聞いたあとだったが。

「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」

 ねんがんかなって《目隠し鬼》で遊べるとあってか、片目隠れの少年は無二の友を得たかのような笑顔を取り戻していた。誰も見ていないのがやまれるほどに。

 押しに押されて目隠しを受け入れたミソギ少年にわかるのは、ユウキの声がうわずっていることぐらいだった。

 もっとも、ごうはない。なにせその声がとても聞きやすく、げんを直した姿が見えずとも彼の位置を確かめられる。おかげでミソギ少年がユウキの体に手を届かせるのに、そう時間はかからなかった。

 かからなかったというのに。

「はいタッチ」

「わっ。……へへ、捕まっちゃったね」

「じゃあ次はユウキが鬼に――!?」

 ミソギ少年は鬼を代わってもらうべくハンカチをほどき、しかしてめんらう。

 無理からぬ話だ。ついさっきまで夕暮れだったにもかかわらず、ひらけた光景が夜のとばりに包まれていたとあれば。

「そ、そんなに経ってたっけ……」

 よくわたせば、場所もおかしい。みしめていたはずのあぜ道はミソギ少年の見下ろすはるか先にあり、彼自身はうっそうとした山のただ中にいるのだ。

 もしかすると、ユウキを追ううちに走っていたかもしれない。

 だが、やはり、息切れもせずにほんの数分で遠くの山へ至るなど、子どもの足では非現実的だろう。

『――としわかい子どもの目ばかりを隠す。それが《目隠し鬼》の習性らしい』

 ふと、ミソギ少年の脳裏に父の言葉がよぎる。

しんしゃから子どもを守るためのほう便べん? 違うな。これはれっきとしたかみかくしの伝承だ』

 現実主義の都会育ちとて、そう疑わずにはいられなかった。

『過去四十年間、毎年のようにで起こる子どものしっそう事件……とあってはな』

 ミソギ少年のすじさむくなる。非現実的な神隠しなどとても理解できないが、今はそのような現実を理解できないままでいるほうが恐ろしかった。

 ――どうして彼は、ユウキは、なおも笑っているのだろう?

 異常ならざるかいはいにおびえる友から、としてハンカチを取り上げる理由はなんだ?

「……まるでこうなることを、望んでたみたいじゃないか」

「っと。これで準備ができたよ」

「待てよユウキ……待てって、なあ……!?」

「さあミソギ、手をたたいてごらん。今度はぼくがきみを捕まえてあげるから」

 ことここに至っては問いかけるさえなく。

 遊び盛りの学童はこれが遊びであったことも忘れ、両目を隠した鬼の少年から夢中になって逃げ出した。

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