第3話

《目隠し鬼》の伝承などおとぎ話にすぎない。

 このようなけんかいを同じくするユウキとの出会い、そして付き合いは、娯楽のないでの生活に甘んじていた都会育ちにとって、まさしく幸運だった。

 彼とは決まって学校帰りのあぜ道でしか会えず、共にごせる時間も山とひとざとへだてるふたまたみちまでの十数分とかぎられる。

 それでも暇と孤独に耐えるよりはよっぽどいい。

 地元のこと、学校のこと、家のこと――たがいが知らないたわいない話に花を咲かせるだけでもじゅうぶんに楽しいはずだと、そうミソギ少年は考えたのである。

 しかしながら人のよくにはさいげんがない。遊び盛りの学童も例外でなく、またとない幸運にめぐまれてなお満ち足りることはなかった。

 旅行かばんにしまったままのチェスやオセロといった、ふたりで楽しむ遊びができればどれほど日々が充実するだろうか。もちろん、学校帰りの短い時間にしか会えないユウキとはのぞむべくもない。

 ぜいたくなのはわかっている。家でいっしょに遊べないなら、外で一緒に遊べばいいだけの話だとも。

 かといって、ミソギ少年はどうにも乗り気になれなかった。

 片目隠れの少年がまなこになってていあんする《目隠し鬼》で遊ぶことだけは。

「ねーやろうよミソギー。鬼さんこちらってさー」

 ユウキは通学路からひとがなくなるやいなや、後ろからミソギ少年へとまとわりつく。だが彼の背負うキャメルカラーのランドセルにはばまれてしまい、伸ばした両手はひとはだのわずかなぬくもりにさえ届かなかった。

「ミソギの言うこと聞いてくれなかったんでしょ? ならお父さんの言うことだって聞くことないよ」

「わかってるよ」

「でもしてくれないじゃん。《目隠し鬼》」

「……だってバレたらおこられそうだし」

 ミソギ少年に《目隠し鬼》への恐れはない。むしろその民間伝承を「気安くうたがうものじゃない」と熱心に調べている父のほうが恐ろしかった。

 そもそも子どもは親に逆らえないものだ。おづかいにしろなんにしろ、多くをたよらざるを得ない不自由ありきの立場なれば。

 ていに言えばゆうゆうだん

 都会育ちのえ切らないたいに、とうとうユウキはしびれを切らした。

「――ミソギはぼくなんかより、おかしなお父さんのほうが大事なんだね」

 片目隠れの少年はふらりとした足取りでミソギ少年の前に回り込み、ころもをまとった彼のたいをおぼろげな瞳でなめ回す。

「ならいいよ。きみとはもう付き合わないから」

 やわらかに、されどしたたかに。

 三日月を思わせる口元をくもらせながらまくしたてるユウキ。そんな友の変わりように圧倒させられ、ミソギ少年はたまらず声をむ。

 また暇と孤独に耐えるはめになるだろう。ここで彼とたもとを分かつとあれば。

 娯楽のない生活、ひとりきりの通学路がふと、ミソギ少年のまぶたに浮かぶ。

「きみはどうしたい? ぼくと遊ぶのか、遊ばないのか」

 ――ユウキとはなれるなんていやだ。

 人とつながるここよさに目覚めてしまった都会育ちにはもう、異常な田舎で孤立するなど考えられなかった。

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