第2話

 れには虫、雨降りにはカエル。

 都会のけんそうよりうんとみみざわりなあぜ道こそが、転校してきたミソギ少年の新たな通学路だった。

 素晴らしくじょじょうてきである。不平をらさずにはいられぬほどに。

 同じ学校に通う彼らの声も同じだ。

「ミソギくんおはよ」

「おうミソギ、元気か?」

 悪意などないだろうに、ミソギ少年にはどうにも親しめず、かえってうっとうしいと感じさせられる。いつしか彼らにあいさつされても返事はせず、すげない手振りのみで応じてしまうようになっていた。

 これもすべて、この村に伝わる民間伝承のせいだ。

 右を向いても左を向いても、ねこしゃくがね、眼鏡、眼鏡――。

 なことに、の学童はみなだったのだ。視力の悪さでなく、《目隠し鬼》へのおそれを理由として。

『眼鏡をかければ《目隠し鬼》には本物の目がわからないから安全だ』などと真に受けるのはおかしいに決まっている。

 ゆえにそんなものは非科学的だと、迷信にすぎないとミソギ少年はうったえた。聞き入れた子どもはひとりとしていない。父さえも、丸眼鏡の度が合ってなかろうと「外に出るときはかけなさい」の一点張りだった。

 なんたる気持ち悪さ、ごこの悪さだろうか。

 異常を異常と認めないとうへんぼくれ。げんじつしゅの都会育ちは当然のように彼らをうとんだし、遠ざけもした。

 そうしてはんつき。行くもひとり、帰るもひとりの登下校が彼ら同様の異常であると考えられぬほどに、ミソギ少年はりつした日々を過ごしていた。での暮らしにどくされてしまったのかもしれない。

 ちょうどそのころだ。異常な田舎らしからぬどうはいに都会育ちが出会ったのは。

「――鬼さんこちら、手の鳴るほうへ」

 ぱちぱちというばたきを交えた、ほのかに明るい声がミソギ少年の耳を打った。真後ろからだ。

 誰かが遊んでいる? いいや、の子どもが《目隠し鬼》で遊ぶわけがない――浮かぶもんに解をほっするあまり、ミソギ少年は振り返る。目にんだのは、通学路のあぜ道に立つひとりの少年の姿だった。

 片目をすっぽりおおう土色のまえがみ

 おぼろげなひとみ

 づきを思わせる口元。

 そのほか、赤茶にあせてこそいるが、リュックサックが主流らしいの学童にしてはめずらしくランドセルをっている点が印象的だが、いずれもミソギ少年に覚えはない。言うにおよばず初対面である。

「きみひとり? 時間ある? よければぼくと遊ぼうよ」

「……君さあ」

「あっごめん。遊ぶ前に自己紹介しなきゃだよね」

 ミソギ少年の言葉をさえぎるように、片目隠れの少年はかんだんなく話を続ける。

「ぼくユウキっていうんだ。きみはなんて」

「なんで眼鏡をかけてないの?」

「へ? めがね?」

「地元の子なら《目隠し鬼》の話ぐらい知ってるだろ」

 言いたいことをはっきり言う。れいくせど、はばからない。それが都会育ちのポリシーだった。

 だからミソギ少年は言いかけたばかりの問いをもって、三日月の口元から出てくるなれなれしい言葉をしゅがえしのつもりでさえぎってやったのだ。

 しかしユウキは動じない。むしろおかしさが込み上げてしまい、けらけら笑わずにはいられなかった。

「もう、なに言ってるのさ。《目隠し鬼》はただの遊びだよ?」

 に息づく民間伝承を「遊び」と切ってはばからない。

 そんなユウキの聞く人が聞けばさも痛快であろう一言は、はからずもミソギ少年の心を打った。

 ほうさながらの地において、彼をもしのぐ理解者はそう現れまい。の友を得たような感動とこうふんわされた都会育ちのきょうちゅうに、もはや彼を突き放す理由などなかっただろう。

「……俺はミソギ。悪いけど《目隠し鬼》では遊べないんだ」

「ミソギ! じゃあぼくミソギと話がしたい! ねっいいでしょ?」

 そう言って手をつないできたユウキのさそいを、ミソギ少年はずかしくも受け入れたのだった。孤立していたでの日々を手放すかのように。

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