Ⅱ第六十一話 啖呵を切る

「それで、お前、だれだよ」


 金のお面をつけた男に言った。


「素性は明かせぬ。だが口に気をつけたまえ。本気を出せば、この小さな国など、どうとでもできる。」


 偉そうだな。こういうやつは嫌いだ。っていうか、おれの前で正体を隠すの、無理なんだけど。


「どうとでもできる、か。おれも本気出すとすごいんだけどなぁ」


 そう言って準備体操をした。腕を伸ばすフリをして両手を交差させる。


「アナ・・・・・・ライ・・・・・・ザー・・・・・・スコープ」


 ストレッチしながら小声で言ったら、変なリズムになった。暗殺者のリズリラにスキルがバレないよう、一瞬だけパラメータを見る。


  名前:レオポルド・ブルスコッティ


 見えた。変わった名前だ。


「おれとケンカでもしてみますか? レオポルド・ブルスコッティさん」

「なっ!」


 金の仮面をつけた男が絶句した。


「ブルスコッティ・・・・・・」


 意外なことに、ニーンストンが名前に反応した。


「各国からまわってくる手配書の発行者で見た気が・・・・・・」

「どこの国のやつだ?」

「たしか、ナニワ王国の憲兵副総監」

「ナニワ王国?」

「大陸の大国家だ」


 答えたのはロイグさんだった。ナニワ王国。もう、ぜったいあそこだわ。


「そのような名前ではないが、なぜそう思ったか、聞く必要があるな」


 お面の男の声が、一段下がった。


「てめえ、人の島にきて、なにすごんでやがる」


 おっと、ロイグさんの声まで下がった。その声を聞いて、周りに座っていた漁師や若い衆が立ち上がる。


「待ってください。いろいろと聞く必要があるのは、こっちなんですがね」


 ニーストンが剣の柄に手をやった。何人かが立ち上がり、ニーンストンの後ろに立つ。その黒い軍服を見て、男が笑った。


「ははっ、小国の憲兵か」


 ありゃりゃ、これ、あんまりやると、オリーブン国VSナニワ王国にならないか。ちょっとまずい。おれにだけ注目させないと。


「目的は、おれの持つ変異球だろう」

「そうだ」

「なら、ほかにちょっかいは出すな」

「ちょっかい? 知らんな。このような小さな国、興味も無いわ」


 知らんだと。カチンときた。


「我らは王の命令で来ておるぞ」


 うん? 言ってる意味がわからなかった。


「さっき、ナニワ王国は知らないって言ったじゃん、お前」

「そう、知らん。知らんが、どこかの王の命令で来ておる」


 おお、あれか。はっきりとは言えませんが、どうなっても知りませんよ、って事か。昔に大手の会社と揉めた時、そんな事を言われたっけ。


 王の命令。この世界では、そんな言い方が効果的なのか。


「わかったら、勇者よ、強がりはやめておけ」

「強がってねえよ。だいたい、お前らがいなけりゃ、オリヴィアは死んでない」

「オリヴィア? ははっ、知らんな」


 男は笑った。そうか、笑うか。


「よし、お前、死んどけ」


 おれは剣を抜いた。リズリラが男の前に立つ。


「邪魔だ、リズリラ。お前のほうが強そうだが、最悪でもおれは差し違える」


 おれは一歩踏み出す。リズリラが一歩下がった。


「待て。この男は国の重鎮。それは本当だ」

「じゃ、王様に伝えとけよ」

「はっ?」

「お前の国は、勇者カカカにケンカを売った」

「待て」

「待てん。その男は殺す」


 男を正面から見た。


「ひっ」


 男は引きつった声を漏らした。思えば「勇者」ってのは「悪の魔王」を倒すのがパターンだ。おれぐらいの勇者は、こんな小悪党がお似合いかもしれない。


 踏み出そうとした時、おれの肩をロイグさんが叩いた。


「わけえの、捨て鉢になるんじゃねえ」


 わけえのか。巨大ダコの時もそう呼んだ。前も思ったが、そんなに若くない。


 ロイグさんを見ると、にやっと笑う。つられて、おれも笑えた。この人には、まいっちゃうな。


 おれは大きく息をつき、剣を腰にもどした。


「い、一介の勇者ごときが・・・・・・」


 こいつ、ほんとに人を腹立たせる天才だ。もう一度にらむと、すっと隣のロイグさんがブラックカードを差し出した。なるほど親分。


 ブラックカードをかざし、おれは大声を上げた。


「ケンカ売った相手を覚えておけ! おれはギルドランクSSS級の勇者カカカ!」


 青い稲妻がブラックカードに落ちた。


「S・・・・・・SS級・・・・・・」


 男が固まった。隣のリズリラもだ。


 おれの足下にハウンドがやってきた。ハウンドと足が当たって、おれの怒りがハウンドにも移る。赤と青の炎が螺旋を描いて足下から登ってきた。


「今すぐ島を出ていけ! いかぬなら、おれと二匹の魔獣が相手をするぞ! なんなら、お前の国に挨拶に行ってやろうか!」

「ま、魔獣・・・・・・SSS級と魔獣・・・・・・」


 男が尻餅をついた。お面が落ちる。青ざめた顔で見上げていた。近くの山の頂上だ。


 あれっ。その頂上にいるボルワームは違うんだが、まあいいか。


 お面をなくした男は、四つん這いで馬車に帰っていく。その横をついていくリズリラが振り返った。


「なんだ? リズリラ」

「その名は捨てた。二度と、その名で呼ぶな」


 うわっ、なんか面倒くせえ。


「帰れよ」


 おれはシッシッと手を振った。とりあえずこれで、この場は帰るだろう。


 近くで大きく息をつく音が聞こえた。ニーンストンだ。


「隊長が言ってた意味がわかりましたよ」

「うん? ガレンガイルが?」

「はい。カカカは怒らすなと」


 おれは周囲を見た。ロイグさんとこの若い衆が、喉をゴクリと鳴らした。いやいや、君ら、殺気立ってたじゃん!


「あいかわらず、怖いもんなしだな」


 おれの肩を叩いたのはダネルだった。


「あれ、お前、結界球は?」

「はぁ?」


 酒瓶が転がってきた方向を見つめた。漁師が道ばたで寝ている。顔が赤い。まじか、あの酒瓶は本当にただの酔っ払いが持ってたやつか!


「おい、今の啖呵たんか切り、見たな」

「へい!」

「見習えよ」

「へい!」


 ロイグさんが若い衆に何か言ってる。


「あいつ、跡目の候補になってくれりゃあ、いいんだがなぁ」


 親分、空を見上げて心の声がダダ漏れだ。お断りします!


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