Ⅱ第六十二話 最後の野鼠亭

 夕方まで、街の復旧作業を手伝った。


 とりあえずは道に散らばる瓦礫の除去をして、今日は終わり。


 一段落すると、おれは港まで散歩した。


 岸壁から足を投げ出して座ると、おれの横にハウンドが座った。胸ポケットからチックを出し、ハウンドの横に置く。


 オリヴィアがいなくなった。こうして三人だけでたたずむと、痛いほどわかる。


 ほんのつかの間、四人パーティーになった。慣れてきたころ、それは元に戻った。もっと四人で何かしたかった。考えても無駄だが、そればかり考えてしまう。


 いくつかの漁船が、入り江から出ていくのが見えた。夜の漁だろう。


 おれは立ち上がり、約束があるので街へ引き返す。「野鼠亭」に歩いて行った。


「申しわけねえ、今日は貸し切りなんです」


 野鼠亭の前に、ロイグさんとこの若い衆がいた。来た客に謝っている。次におれを見ると頭を下げた。


「みなさん、もうお着きです」


 おれはうなずいて、店の扉を開けた。


 閑古鳥が鳴いていた酒場だったが、今日だけは満員御礼だ。客は漁師に憲兵。ロイグさんが店を貸し切り、今日戦った者へ振る舞う慰労会だ。いやはや、やっぱりあの親分は粋だね。酒代はオリーブン城に払わせるかもしれないけど。


「遅かったな」


 中央のテーブルに陣取った集団から、ダネルに声をかけられた。


 席についているのは、ダネル、マクラフ婦人、ニーンストン副隊長、グレンギース新所長、それにティア。


 アドラダワーは自分の治療院だ。今日は多くのケガ人がでた。


「校長は?」

「ミントワールさんは、迷いの小路から死骸を持って帰って、それっきり」


 ティアが答えた。校長は、エドソンが造っていた妖獣を調べたいんだろう。ご高齢のふたりが一番働いているとは恐れ入る。


「はい、みなさんどうぞ!」


 ブルトニーさんが大皿にソーセージを山ほど積んで持ってきた。テーブルに置き、自身も座る。


「では、酒は私が」


 グレンギースはそう言うと、鞄から酒瓶をだした。


「所長の秘蔵っ子ってな、それか!」

「すごいわね」


 ダネルとマクラフ婦人が感嘆の声を上げた。どうやら、こっちの世界では貴重なウイスキーのようだ。


 グレンギースがテーブルに用意されていたグラスに氷を入れていく。


「ティア、遅くに平気か?」

「だって、お父さんいるし」


 おおっ、ほんとに来てくれたのか。ロイグさんが野鼠亭はメシがまずいから、ティアの親父さんに来てもらえと言っていた。


「ほらよ、これでも摘まみな」


 言ってたそばから、親父さんが来た。大きな皿をテーブルに置く。


「生ダコと玉ねぎの酢漬けだ」


 おお、生ダコと玉ねぎの薄切りに、この島の特産オリーブオイルがかかっている。言うところのこれは「カルパッチョ」か!


「親父さん、うまそう!」

「ロイグのやつに、いいタコもらったんでな」


 なるほど、二人は旧知の仲か。


「親父さん、最近、店に行けずに・・・・・・」

「おう。忙しかったようだな。娘から話は聞いてる」


 そうか。それにティアが夜に抜け出して怒ってないようだ。よかったよかった。


「いつでも来い。氷の季節は終わったからな。今は羊肉の煮込みだ」


 なるほど。それはぜひ食ってみたい。いつか食おう。


「カカカには、あとでいいもんやるよ」


 そう言って親父さんは奥の厨房へ消えた。いいもの? おれの好物の羊肉パンかな。それは食べたい。


 グレンギースがウイスキーのグラスを回してきた。みんなで掲げる。ティアはウイスキーではなく、ブドウ果汁のようだ。


 ・・・・・・あれ、だれも何も言わない。


「おい、なんか言えよ」


 ダネルがおれに言った。


「おれ?」


 意外な言葉に思わずグラスを置いた。


「そりゃそうだろう、カカカ軍団なんだから」

「それ! 名前、変えろよ、グレンギースが中心なんだし。グレンギース軍団でもいいだろ」


 グレンギースが盛大に顔をしかめた。


「ツワモノ揃いの皆様に、私などがしたら胃に穴が空きます」

「こういうのは勇者がやるもんだろ、早くしろよ、飲みてえんだから」


 みんなにぶうぶう言われ、おれは再度、グラスをかかげた。


「それじゃ、ええと、みなさま、お疲れさん」

「締まらねえなぁ、おい」


 文句を言われながらグラスを合わせた。一口飲む。うまい。


 酒の味にくわしくはないが、高級な事はわかった。それにソーセージと生ダコのカルパッチョがよく合う。

 

「それで、おめえ、ケンカしに行くのか?」


 ダネルが言うのは、ナニワ王国の事だろう。


「行くわけないだろ。ちょっと、かましただけだ」

「勇者様、その時は、このブルトニーが・・・・・・」


 いや、お父ちゃんはダメだろ。カリラを育てないと。


「しばらくは、街をうろうろせず、ダネルの親父さんの山小屋でも手伝うかな」

「おお、言っとくぜ。でも、いいのか? ギルドの仕事しなくて」


 ダネルがグレンギースを見ると、新所長は鞄を探っていた。


「おお? 所長さん、まだ秘蔵っ子のウイスキーが」

「いえ、カカカ様に頼まれていた物があって・・・・・・」


 グレンギースが出してきたのは一枚の書類だ。その書類をマクラフ婦人が取った。


「冒険者の仮証ね」


 そう。冒険者証はオリーブン城での発行だが、仮証はギルド所長が出せると聞いた。なので、グレンギースに頼んでニセの仮証を作ってもらった。


「職業が狩人・・・・・・連れ添いに猟犬が一匹、考えたわね」


 おれはうなずいた。ハウンドを連れ歩くのに、猟犬にしとくと便利だ。


「これ・・・・・・レベル11ってひどくない?」


 婦人があきれた顔で言った。


「それ、本当です。ずっとレベル上げの部屋に行ってないので」

「ええっ? 冒険者なら上げときたいのが常識よ。ティアちゃん、今いくつ?」

「あたしは、18です」


 うわお、もうそんなに上がってるのか。


「あなた、ネクロマンサー二人に地縛霊も倒してる。ティアちゃんより、もっと上よ!」


 そう言われても、あまり興味が無い。


「まあ、婦人、あまり声に出さないでください。それこそ憲兵もいるので」


 おれがそう言うと、黙って飲んでいたニーンストンがつぶやいた。


「平気ですよ。身元保証人は俺が名前を書きました」


 おれは新所長を見た。


「すいません。副隊長様にどう偽装するのが良いか相談に行ったら、保証人は自分が書くと」

「おいおい、ニーンストン」

「いいんです! くそっ、カカカさんは二度も国を救ったのに、憲兵ときたら」


 ニーンストンがすっかり腐っていた。


「また、なんか言われたか?」

「逆です。一連の出来事をナニワ王国だと報告したんですがね、言った途端、まるで無かったかのように無視ですよ」


 それはわかる気がする。大きいとこと揉めても、何も得る物はない。


「憲兵の人が保証人、それはいいと思うけど、グレンギース、これ、作り直しが必要だわ」


 マクラフ婦人はそう言って、書類をテーブルに広げて置いた。


  名前:カカカ

  職業:狩人


「グレンギース! 名前変わってないじゃん!」

「ああ! うっかりしてました!」


 これじゃ、勇者カカカが狩人カカカになっただけだ。


「明日にでも即刻、作り直します!」


 書類をしまおうとしたが、もらっておく。


「まあ、とりあえず、これでいいよ」


 おれは書類をポケットに入れた。


「ハウンドとチックの食事をもらってくるよ」


 立ち上がってカウンターに行く。カウンターの中には中年の店主がいた。


「生肉と生野菜ください」


 店主はうなずいて奥に消えた。胸ポケットのチックをカウンターに置く。


「こっちにいたか。できたぜ」


 入れ替わりに氷屋の親父さんが出てきた。手にした皿をカウンターに置く。


「ステーキですか!」

「おう。カカカが食いたがってるとバフが言ってな。鹿肉をもらった」


 鹿肉のステーキは、濃い紫色のソースがかかっていた。一口切って食べる。


「うっまい!」

「この鹿肉はかなり上物だ」


 肉もいいんだろうけど、またソースがいい。


「かかってる汁、絶品です!」


 親父さんが豪快に笑った。あいかわらず、ティアには似ていない。


「山葡萄酒とバターを煮詰めた物だ」


 そうか、バフさんの山葡萄酒か。


「夜は長いんだ。ゆっくり食えよ」


 がっつくおれを見て親父さんはそう言い、また奥へ消えていった。


「お飲み物、何か」


 いつの間にか店主が帰ってきていた。両手の皿には生肉と生野菜を持っている。その皿を受け取り、足下のハウンド、カウンターのチックにあげた。


「エールを一杯」


 店主からグラスに入ったエールをもらい、ステーキを食べながら飲む。


 鹿肉のステーキはあっという間になくなった。最後の一口を頬張り、ゆっくり噛みしめる。鹿肉は脂肪がないが旨味は濃かった。よく噛んだほうが美味い。


 最後の肉を飲み込み、おれは食べ終えた皿に向けて手を合わせた。親父さんの料理、うまかった。今まで世話になった。


 残ったエールを手にカウンターから振り返る。


 この店に入った時、憲兵と漁師はテーブルを別にして飲んでいた。だが酔いもまわってきているのか、だんだん境界はなくなりつつあった。みんな、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりして乾杯を続けている。


 おもむろに、ポケットから変異球をつまんで出した。店内にいた大勢のうち、二人ほどがこっちを見て、すぐに目をそらした。


 やっぱり、監視の目が入り込んでいるか。または、買収されておれを見張っているのか。


 みんなのいるテーブルを眺めた。隣同士で座っているダネルとマクラフ婦人、お互いに笑いながら酒を飲んでる。うまくいくといいな。


 ティアとブルトニーさんは何やら熱心に話し込んでいた。ティアにも師匠ができたか。いい事だ。


 やけ酒のようにウイスキーをあおっているのはニーンストン。その隣のグレンギースが慰めているようだ。今の憲兵にむかつくのはわかるが、あまりギルド所長を困らせるなよ。


 ハウンドとチックを見た。二匹とも食事は終えていた。チックを肩に乗せ、おれは席を立つ。店の出口に向かった。


「カカカ!」


 声をかけられた。ティアの声だ。


「どこ行くの?」

「ああ、ハウンドのおしっこだ!」


 騒がしい店内に、大声で答える。ティアが笑った。そうそう、お前は笑っとけよ、天使みたいな笑顔なんだから。


「護衛しようか!」


 ティアが笑いながら、拳を打つフリをした。いや、フリなんだけど速さが半端ない。横のテーブルにいた若い衆の一人が、口を開けてビールがこぼれた。


 嫁のもらい手、見つかればいいな。おじさん、それだけが心配。


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