Ⅱ第六十話 黒幕と商談はしない
住宅街を出て、西の港町に近づいたところで馬車を止めた。
この見えない馬車で街中に入るのは危ない。人を轢いてしまいそうだ。
結界球は店で保管してもらおう。まだ効果の残った結界球をダネルに預けた。ダネルが馬車を降りる。
代わりの手綱をニーンストンが握った。馬車を出し、街中に入る。
街の戦闘も激しかったようだ。いくつかの建物が崩れかけている。道端には妖獣の死骸もあった。
「あいつら、まだ来ますかね」
ニーンストンが言った。どうだろうか。暗殺者を含んだ集団は、他国の者だ。自国でもない土地でそう大胆にはできないと思うのだが。
おれはリュックから変異球を出した。こんな物が、そんなに欲しいかね。
「いっそ、やつらにわたします?」
ニーストンの言葉に考え込んだ。アンデッドを造るような連中だ。わたすとロクな事にならないのは明白。
「もしくは、海に捨てるとか」
そう、それは考えた。だが山の妖獣たちは、これを取り合っていた。もし海に捨てても、巨大ダコとか拾わないだろうか。
考えを巡らしていると、ギルド前の通りに着いた。
ギルドの周辺は、まるで野戦病院だ。道の端に座り込んでいるのは、漁師や憲兵。それを街の住人が手当てしていた。
「わしの出番かの」
うしろの幌からアドラダワー院長の声がした。
「とりあえずギルド前に止めます」
ニーンストンが答えた。馬車をギルド前に止める。
ギルド前にほかの馬車はなかった。帰ったのだろうか? そう思ったらギルドからロイグさんが出てきた。
「おい、ジジイ、重病者は治療院に運んだぜ」
なるほど、それで朝にはあれだけいた馬車がいないのか。
「外にいるのは軽いケガだ。ギルドの中に少し深手のやつがいる」
「お主もジジイじゃろうに。まったく・・・・・・」
アドラダワー院長はぶつぶつ言いながらギルドに入っていった。
「ご苦労だったな」
ロイグさんに
「時間かかってすいません」
「なに、軽いもんよ」
いや、軽くないと思うけど。
「憲兵本部に医務室があります。使ってないのですか?」
横からニーンストンが言った。
「いや、あそこはダメだった。一般人は入館禁止だとよ」
「だ、だれが言ったんです!」
「だれだろうな。偉そうなチョビ髭の男だ」
「憲兵総監・・・・・・」
ニーンストンが見るからに落胆している。おれはかける言葉が見つからず馬車を降りた。
「あの大きいやつ、どうなりました?」
「おう、縛りが解けたんだろうな。山に帰っていったぜ、ほらあそこ」
「うおっ!」
ロイグさんが指した方向は山の頂上だ。巨大で細長い物体が首をもたげている。
「こっち見てるじゃないですか!」
「大丈夫ですよ」
おれの横に、馬車を降りたミントワール校長がきた。
「ボルワームは、本来はおとなしい性格です。地中の奥深くに眠り、たまに腐葉土を食べに地上へ出てくるだけ」
なら、帰ればいいのに。
「なかなか見れませんのよ。カカカの仲間にどうです? 意外にあなたなら、仲間にできるかもしれません」
絶対やだ。
ギルドに入ろうとすると、遠くから馬蹄の音が聞こえた。通りの向こうから何台もの馬車がくる。
「なんでえ、ありゃあ」
「暗殺者の集団ですね」
「ほう」
ロイグさんが目を細めた。
「雇い主はエドソンではなかったみたいです。むしろエドソンも雇われたほうかな」
やつら、この公衆の面前で襲ってくるのだろうか?
まだ少し距離がある所で馬車は止まった。二台目にいた箱馬車の扉が開く。
「勇者カカカ様、ご商談がございます」
出てきたのは、長い黒髪を後ろで丸めた清潔そうな女性だった。アドラダワー治療院から逃げた看護師、暗殺者のリズリラだ。
「商談とは?」
「ここでは申せません」
おれとリズリラの間に、ゴロゴロと酒瓶が転がってきた。不自然だ。これはダネルがおれに向けたサインか。効果の残っている結界球を持って駆けつけたようだ。
いざとなったら変異球で逃げれる。なら、一発かましておくか。
「話す事はねえ、って言ったらどうする?」
おれは剣の柄に手を置いた。だが、リズリラは構えない。おびえたような仕草までする。ほんと、この暗殺者って演技が達者!
「おい、カカカよ、アドラダワーは中にいる。呼んでくるか?」
そう言ったのはロイグさんだ。そうだった。ロイグさんには、まだ説明していない。アドラダワーの暗殺が目的だと思っている。
「いえ、こいつらの狙いはこれです」
おれはリュックを下ろし、中から変異球をだした。それを見たロイグさんが固まる。
「そんな物が、存在するのか・・・・・・」
「さすが親分。これが何か、わかりましたか」
「えれえもん持ってるな」
ロイグさんと話しながら、周囲も観察した。街の住人、それに憲兵、何人かが石を食い入るように見た。やっぱり、何人か向こうの人間が入り込んでいる。
「勇者カカカ様、あまり表には出されないほうが・・・・・・」
「交渉する気はないぞ、リズリラ」
名前を呼ばれて初めて、暗殺者の眉はピクリと動いた。
箱馬車の扉がもう一度開いた。人が出てくる。
出てきたのは恰幅の良い男だった。年齢はわからない。顔に金のお面をつけていた。
「そのほう、あまり、強気に出ぬがよいぞ」
お面をつけているためか、くぐもった声で男がいった。
「カカカさん」
ニーンストンが近寄って耳打ちしてきた。
「あれが例のリズリラですか。ケツの話、わかりました。ほんとに魅力がない」
副隊長、今はそっちじゃないっての!
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