Ⅱ第五十五話 ボス戦
アナライザー・スコープをかけたけど、広場の中は特に変化がない。
「ありゃ? 前はこれで出たんだけどな」
「しっ!」
マクラフ婦人が人差し指を口に当てた。
遠くで何か聞こえる。うめき声だ。それも何十ではない、何百。
声はどこからだ? 空を見上げる。いや、空じゃない、地中か!
その時、広大な空き地の隅に、黒っぽい小山が盛り上がった。その小山はどんどん下から盛り上がり、大きな山となっていく。
「みんな、下がろう!」
おれの掛け声でみんなが下がる。
黒い山の表面は、とぐろを巻くように何かが蠢いていた。模様かと思ったが、ちがった。人の影。真っ黒い無数の影が集まった山だった。
黒い影は死霊ではない。死霊はもっと霧のように薄い外見だった。影はそれぞれうめき声を発している。
「アンデッドを作った時にできる死霊、それを押し固めて地縛霊を作ったのね。なんという無慈悲な……」
ミントワール校長が言った。まじすか!
「でも校長、前に見たのと形がちがう!」
「このような物が地中に隠れているのです。その地上には悪しき霊が集まり地縛霊も生まれるでしょう」
そういうことか。
「じゃあ、前が天然、こっちが養殖、みたいな感じですか」
「……言い方が不謹慎すぎますが、そういうことでしょう」
くそっ、殺されるだけでも不憫なのに、死んだ後まで捕まるって最悪だ。こいつら、どうにか解放できないだろうか。
「いかん!」
アドラダワーがみんなの前に出た。
「ゴオォ!」
地響きのような音がして、山の中央に穴が開いた。そこから突風が吹く。突風に少し当たったが、その風は急に曲がりアドラダワーへと集まった。
アドラダワーは頭上に数珠を掲げている。指先でつまんでいるのは真っ黒い球。なんでも吸い込む暗黒石か!
「ミントワール、長くはもたん! 防御じゃ」
アドラダワーの腕は震えていた。ミントワール校長がアドラダワーの前に出て手を広げる。
突風はミントワールの前で弾き返せているようだった。だが、ミントワールの顔も苦悶の表情だ。
「マクラフ婦人!」
婦人を見ると、すでに動いていた。空中に羽ペンで魔法陣を書いている。彼女の特殊スキル「魔法陣の扉」だ。ありとあらゆる攻撃を防ぐことができる。扉が攻撃を受けても彼女の魔力が減るだけ。
おれは大きく左に回った。チックを手のひらに出す。しゃがんで片膝をついた。
「チック撃て!」
バシュ! と音がして光の槍が飛んだ。表面に刺さり一体の黒い影が消える。こいつの体力、いくつになるんだ? 黒い山が動いた。巨大な空洞がこっちを向く。やべえ。
「ゴオォ!」
突風で吹き飛ばされた。地面を転がる。体が硬直した。
「ぐえ!」
体中に痛みが走る。何が起こったかわからない。うつ伏せの状態で固まっていた。
「ぐぬぬぬぬ!」
気合いを入れて首を回してみる。なめるなよ、おれは島で一番多くのマヒや硬直を受けた男だ!
真っ黒な影が飛んでいた。その影がおれの体を通過する。
「痛え!」
あの影にさわると痛みがくるのか! 通り抜けた影が旋回してまたやってきた。手前2m、避けれねえぞ!
「はっ!」
黒い影が弾け飛んだ。ティアだ。
弾け飛んだ影が旋回し、今度はティアめがけて飛んで来る!
「はっ!」
ティアが二発目のキコーダを打ちこんだ。だが、ティアが苦悶の表情を浮かべるのも見えた。そうだ、さっき、一日二発ぐらいならって言ってなかったっけ!
ティアは両手をだらりとして、肩で息をした。もう一度、影が飛んで来る。二発でも倒せないのか!
どすどす、と走る音がした。
「ふんっ、はっ!」
影がちりぢりに破裂した。拳を打ったのはブルトニーさん。さっき練習してたのはこれか!
「むぅ」
うめいたブルトニーさんが膝をつく。キコーダは生命力を乗せた打撃。それを出せたブルトニーさんはすごいが、ダメージも受けたか!
「もう一体来る!」
ティアの声。くそっ、おれの体はまだ動かない。オリヴィアはどこだ? 探すとオリヴィアは空中で違う影と戦っていた。
「ブルトニーさん、逃げて!」
「・・・・・・勇者を守るのが武道家のつとめ」
武道家は震える膝を押さえ、立ち上がった。
「ティアよ、戦うぞ」
「はい!」
二人は、きしむ体を無理やり動かすかのように構えた。ふいに硬直が解けた。アドラダワーがこっちに向けて手をかざしている。
「ハウンド!」
おれは叫んだ。こっちに駆けてきている気がする。片膝をついて手のひらを飛ぶ影に向けた。
ハウンドは噛みつくかと思いきや、おれの背中と肩を踏み台にして跳んだ。
黒犬が空中で赤い炎を吐く。おれの手のひらからも青い炎が出た。
赤と青の炎は、黒い影に当たり巻き付くように燃え上がった。
ありゃ、同時に出たぞ? ハウンドもそう思ったのか、こっちをチラリと見た。意外に成長してるぞ、おれらも!
「カカカ、もう一枚出すわ! どこに出すの!」
マクラフ婦人だ。婦人の前には魔法陣の扉ができている。
ティアとブルトニーさんを見た。苦しそうだった二人は背筋が伸びて元気そうだ。
「大丈夫。アドラダワーさんの回復がかかった」
そういうことか。
「よし、みんなのとこに戻ろう!」
ティアとブルトニーさんも駆け出す。
「婦人、ミントワール校長の前へ!」
走りながら叫んだ。
マクラフ婦人は何か唱え、引戸でも開くように魔法陣の扉に手をかけた。横に開く。扉からまったく同じ形の扉が飛び、ミントワール校長の前に止まった。
扉のうしろにすべり込んだ。こっちにいるのはミントワール、アドラダワー、ニーンストン、ティア、それにおれだ。
向こうの扉にはマクラフ婦人、ダネル、カリラ、ブルトニーさん。
また黒い影が飛んで来る。おれは手持ちの火炎石を連続で撃った。
五発当てると、黒い影は燃えて消えた。
「院長!」
「なんじゃ」
数珠から火の玉を放った後のアドラダワーが答えた。
「あの地縛霊、丸ごと暗黒石で吸い込めないんですか?」
「それは得策ではない。吸い込んでどうなるか予想がつかぬ」
そういや、ブラックホールって時間が止まったっけ。そんな話はどこかで聞いた。それなら吸い込んでも生きている状態になるかも。それはやばい。このまま幻覚が消えずに一生暮らすのはゾッとする。
「ダネル!」
「おう!」
「火炎石、まだあるか?」
「売るほどあるぜ!」
そりゃ、道具屋だから売ってるけど。
黒い山の口が開き、突風が来た。扉の後ろに身を隠す。突風が止むのを待つ。
よし、止まった! マクラフ婦人の扉に向かって駆けた。
「カカカ、右!」
黒い影が迫っていた。のけぞって避ける。鼻先にかすった。ツンとして痛い!
旋回する黒い影に小さな火の玉が飛んだ。ぶつかって黒い影が逃げていく。ダネルの火炎石? ダネルを振り返ると、やつじゃなかった。カリラだ。「孫の手も借りたい」とは言うが、ウチの孫は優秀だぜ!
のけぞった拍子にチックが胸ポケットから落ちていた。拾って走り出す。
走ってマクラフ婦人のうしろにすべり込んだ。
「いくらでも持ってけ」
ダネルが大きなリュックを下ろした。中をさぐる。色んな道具が入っていた。
火炎石は、半透明の中に揺らぐ炎が目印だ。色は様々だが、それより小さな物を選んでポケットに入れる。おれは動きまわりたいので威力より回数が欲しい。
「うん?」
リュックの中に意外な物を見つけた。小さな瓶に入った白い粉。塩か!
「でかした、ダネル!」
おれは塩の瓶のフタを取り、こぼれないよう握った。
「みんな、一斉に攻撃してくれ! 3、2、1」
みんなが攻撃する隙に魔法陣の扉から出た。
「成仏しとけ!」
塩の瓶を投げた。黒い山の真ん中に入る。
あれ? 何も起きない。黒い山の口が開く。あわてて魔法陣の扉に隠れた。
「おめえ、何がしたかったんだ?」
「塩は効かないのか!」
「そりゃ、効くわけねえだろ」
しまった。清めの塩は元の世界の宗教だ。
「お、おれの生まれた国では塩が効くんだ」
「ほんとか?」
「……たぶん」
「ゆで卵にかけるつもりだったのによ」
「すまん!」
さあどうする。こりゃ何か手を考えないといけないぞ。
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