Ⅱ第五十四話 戦わずに歩く
周囲を守られて歩く。
あの日、おれは少し二日酔いで歩いていたはずだ。こうやってトボトボ歩いていた。それで、このへんに角があって、左に曲がって……
「死霊三体、手っ取り早く倒すぞ」
アドラダワーの声が聞こえた。無視して歩く。二日酔いではあったけど、少し腹も減った。そんな事を考えたから、このへんで右だったかな。
「おい、壁が!」
ダネルがなんか叫んだが、無視だ。ここからはしばらく直線に歩いたはずだ。
「またあのアンデッドよ!」
「ティア、行くぞ!」
「はい師匠!」
なんか騒がしくなってきたな。まあ、集中集中。
こうやって下を向いて歩くと、やはりここは幻覚の中の迷路だ。地面に石や枯葉が落ちてない。
「なんじゃ、あの生物は!」
「ここは俺が!」
「ニーンストン、危険じゃ!」
「ぐわっ!」
「ミンティ、連続魔法をやるぞ!」
「アドラ了解!」
「それ!」
「はい!」
「うわっ、砕け散りましたよ!」
「うむ。熱して急冷却じゃ」
「昔は、必殺あつひえ! と呼んでましたのよ」
「院長、校長、名前がいまいちですよ」
「なんじゃとダネル」
集中だ、集中。そろそろ左に曲がって……
おれは思うとおりに歩いた。右へ曲がったり左へ曲がったり。気づけば周りの声が聞こえないほど集中していた。
やがて、あの日は何を考えて歩いていたか? というのも忘れ、無心になって歩いた。ブルトニーさんの背中にぶつかり、我に返る。
おれは顔を上げた。みんながおれを見ていた。みんな、肩で息をしていた。相当ハードな戦闘があったんだな。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「楽勝だ」
言ったダネルの鼻には、丸めた布切れが入っていた。鼻血か。やっぱ大変だったんだな。
「カカカよ、ここか?」
アドラダワーが言った。
「もう近いと思いますが」
おれを囲む輪が解かれた。
「空き地?」
思わず声が出た。そこは広場だった。それも大きな広場。
「こんな広場、住宅街にないはずです!」
「うむ、わかっておる」
あっ、そうか、みんなこの島の人間だった。今までに何度か通った事はあるよな。
「おれの歩いた道、どうでした?」
「道と言って良いのか、壁も家もおかまいなしじゃ」
おお、じゃあ、ショートカットはできたんだ。
「思えば」
ダネルが口を開いた。
「進むごとに、強い敵が出てきたぜ」
それはボス戦が近いってことだ。なら、ここが最終でいいのか。
「みなさん、準備してください。最終戦に挑みます」
みんながうなずいた。それぞれ荷物から水を出して飲んだりする。
アドラダワーがみんなを回り、治療していく。おれもオデコにさわられてピカッと光った。体が軽くなる。ここまでの疲労が嘘のようだ。
マクラフ婦人がやってきて、チックをちょんと撫でた。
「こいつ、魔法使いました?」
「一回ね。悪霊がこっちの攻撃をかいくぐって。危なかったのよ」
そうなのか、気づかなかった。
「ありがとな、チック」
チックはハサミを振り上げた。「楽勝だ」ってか。
マクラフ婦人はその後、オリヴィアの魔力も回復させた。自身の魔力はダネルが魔力回復石を差し出す。石を手渡す時、ちょっと見つめ合ってた。いいねぇ。
「カカカ」
カリラが来た。その足元にはハウンドがいる。ちゃんとカリラを守ってくれたようだ。感謝感謝。
「回復するわ」
それはアドラダワーにやってもらったんだが、いや、おれはしゃがんだ。
開いた魔導書を左手に抱え、もう一方の右手でおれのオデコをさわった。ちっちゃい手だ。
「カリラちゃん、がんばったのよ」
カリラのうしろから来たのは、ティアだ。
「ティアはケガないか?」
「うん。今回は、まわりが強いから」
ティアはそう言って指差した。指差した方向には、ブルトニーさんがシャドーボクシングのようにパンチを撃つ練習をしていた。あれでソーセージ屋ってのは、なんか反則だろう。
「カカカ、あのね」
「いいよ、気にしなくて」
「うん?」
「親父さんのことだろ」
「ああ、うん」
ティアはそれでも考え込んだ顔をしている。
「はい! できました!」
カリラがオデコから手を離した。
「ありがとうカリラ。よし行くか!」
おれは立ちあがり、装備を整えた。広場の中央に向いて立つ。
おれの左右にみんなが並んだ。
「では、みなさん、家に帰るまでが戦闘です」
「なんじゃ、カカカ」
「いや、一度言ってみたかったので」
「遠足は来週ですよ」
ミントワール校長が言った。おお、それはちょっと参加したい。
「おめえ、弁当とか作れるのか?」
「えっ、校長、弁当は各自持参?」
「そうです」
「まじか! 勇者ピンチ!」
「あたし、作れるけど……」
ティアが控えめに手を挙げた。おお、救いの神!
「前もこんな感じだったんですか?」
「そうよ副隊長さん。やっぱり、ガレンガイルがいないと締まらないわねえ」
ええい、うるさい。おれは一歩前に出た。
「では、行きます!」
手を輪っかにして交差させた。
「アナライザー・スコープ!」
名前:地縛霊
体力:測定不能
魔力:測定不能
攻撃力:測定不能
防御力:測定不能
魔法:測定不能
特殊スキル:測定不能
なんだ、この表記!
「みんな構えて! 能力、測定不能!」
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