Ⅱ第四十五話 最後の一人

「じゃあ、カカカ軍団のパーティー編成だな」

「待って、あと一人来てない」


 ダンの声をマクラフ婦人が止めた。


「あと一人?」


 おれは婦人を見た。婦人がうなずく。


「それは・・・・・・ティア?」

「もちろんよ」

「うーん! どうだろう」


 おれは最近ではティアと疎遠な事、たまに会ってもあまり話をしていない事などを説明した。


「えっ、あなた、馬鹿なの?」

「はい?」


 マクラフ婦人に馬鹿と呼ばれた。


「ティアちゃんは自分だけじゃなく、父親まで、あなたに救われてるのよ。普通に接したりできると思う?」


 えっ、そんな理由?


「うむ。気に病んでおるじゃろうの。特に、お前さんが何を捨てたか、あの子は知っておる」


 アドラダワーの言いたい事はわかった。向こうの世界を見れる木の兜だ。でも、親父さんの命がかかっていた。気に病むほどじゃない。


 重い扉が開く音がした。みなが振り返る。


 現われたのは、ちょっと小さめの武道家。プレートのついた穴あき手袋に、鉄板の入ったブーツ。装飾に使われている布、それにバンダナは、すべて黒だった。


 ティアは扉を入った所で止まった。物憂げな顔だ。そんな顔するなよ、ティア。かわいい顔が台無しだ。


「なあ、ティア」


 小さな武道家が、おれを見た。


「お前、ちょっと太ったんじゃないか?」

「ち、違う! 筋肉がついたの!」

「まじか、成長期に筋肉つけると、おっぱい大きくならないぞ。ねえ、婦人」

「え、ええ、そんな話は聞くけど」

「ほらな。牛乳飲め、牛乳」

「もう!」


 ティアは怒った顔でこっちに歩いて来た。おれの横に立つ。おれはニヤッと笑ってみた。つられてティアも笑う。


「あっ!」

「どした?」

「出かけるの、お父さんに言うの忘れた」


 わちゃ。夜中に家抜け。十代がもっとも怒られるパターン。


「あとで一緒に謝るか。大丈夫。今度もダネルが一緒だから」

「また俺が怒られる役か!」


 ダネルが天を仰ぎ、みなが笑ったところで意外な人物が現われた。


「今回は、なんと言われても行きますよ」

「おいおい、副隊長」


 第三憲兵隊の副隊長、ニーンストンだ。黒のロングコートを着ている。


「おい、ダフ、副隊長にまで作ったのか」


 ネヴィス兄弟の次男坊で防具屋のダフに言った。おれの黒いマントを作ったのはダフだ。


「ガレンガイルには劣るが、カカカより強い。当然だ」


 冷静に分析すんなよ!


 グレンギースが歩み出た。


「それでは、カカカ様、パーティー編成をお願いします」


 前に、ガレンガイルたちとやったやつか。住民局に行かなくても仲間にできる勇者の特技。


「でもグレンギース、この人数は無理だ」

「無理とは?」

「おれギルドランクC級だ。限度が10人だろう」


 グレンギースはカウンターに置いてあった魔導書を持った。


「ついに、使う時が来ました」


 感慨深げに言った。ついにって何が?


 グレンギースは魔導書の中ほどを開き、手のひらをこっちに向ける。


「契約の魔法を使います」


 そう言ってグレンギースは何かを唱えた。おそらく古代語。しばらく唱えて、今度は今の言葉で高らかに宣言した。


「ギルド所長の権限により、この勇者カカカにギルドランクSSS級を付与する!」


 みんなが「おお!」と感嘆の声を上げた。


「わたしの長い人生で、初めて見るわね」


 声からしてマクラフ婦人だ。


「わあ、これがSSS級」

「立ち会えて光栄じゃのう」

「おい、来るぜ」


 そうか、こっちの人間にとってSSS級というのは、よく知った話なのか。うん? さっきダネルが「来るぜ」と言った。なにが来る?


 グレンギースが開いた魔導書から、一筋の光が垂直に出た。それは天井を突き抜けて天へ昇っていく。


 みんなが、おれから一歩、二歩と下がる。・・・・・・えっ?


 その時、ドギャーン! と雷のような音がして、青い稲妻がおれに落ちた!


「な、な、なにが・・・・・・」

「はっ。私がこの魔法を使える時が来るとは。ギルド職員になったころの夢が叶いました」


 おれは目を見開き、引きつった顔をようやく回してギルド所長を見た。


「さ、先に言ってくれ。心臓が止まるかと思った」

「ご存じなかったのですか! 失礼しました!」


 聞けば、先ほどの雷はおれではなく、冒険者証に落ちたらしい。リュックに入れた冒険者証を出してみる。オリーブン城の住民局でもらった物だ。


 以前の冒険者証は、緑に染めた皮にオリーブの焼き印があった。それが漆黒の金属に変わっていた。そこに金色でオリーブの刻印が記されてある。


 これ、クレジットカードで言うとブラックカードみたいだ。


「SSS級のパーティー人数って何人?」

「無制限です」

「怖っ。それ、やり方によったら国ができるじゃん」

「はい。SSS級は国王や軍の司令官で持っておられる方が多いです」


 そりゃ、城や憲兵の人間から、おれがマークされるはずだわ。


「ほかにも、SSS級の特典は多く・・・・・・」

「いい、いいって。グレンギース」


 ギルド所長の言葉をさえぎった。今だけの特典だ。これが終わったらC級に戻してもらおう。へたに特典を聞いて色気が出ても困る。


「変わらないね」


 ティアが笑った。それは大人になったらわかる。


 思い出すのが、その昔「レジャー会員」と言ってホテルや交通機関の大幅な割引ができる会員があった。気軽に入ると年会費がバカ高かった。辞めるのにも金がかかる。


 特典とか特権なんて、ろくな事はない。


「では、やろうかの」


 アドラダワー院長が首の数珠を外し、自分の前に掲げた。


「院長?」

「そうか、カカカは知らんかの。一斉に仲間にする時の儀式じゃ」


 そんなのあるんだ。


「自分の持ち物から一番大事な物を掲げ、勇者が宣言する」

「えっ、その宣言って知らないんですけど」

「わたしがわかるわ」


 マクラフ婦人が言った。婦人から文言を教わっている時に、ちらっとダネルを見た。ダネルは複雑な顔だ。そう、この勇者の文言、使っていたのは彼女の旦那さんだろうな。


 おれをみんなが囲んだ。それぞれが持ち物から一つ掲げる。


「これ、カリラ!」


 ブルトニーさんが声を上げた。みんなに混じってカリラが掲げていたのは、小さな黒犬のぬいぐるみだ。


 まあ、仲間になるのはいいだろう。おじさん、ぜったい連れていかないけどな!


「ここに集いし我らは冒険者・・・・・・」


 マクラフ婦人が教えてくれた文言だ。っていうか、マクラフ婦人が参加している! それに手にしているのは小さな花のネックレス。ダネル見たか!


 ダネルをちらっと見ると、隣のニーストンとしゃべっていた。もう、男子ってこれだからイヤ!


「力と命を分かち合い、共に道を歩む時、我らは互いをこう呼び合う」


 おれは一呼吸して、みんなを見た。最後の一言を口にする。


「仲間と」


 みんなの体から小さな光の粒が出てきた。それは空中で集まり、少し大きな光の球となる。


 少し大きな球は、おれの前へ移動して止まった。はぁ、責任重大だな、これ。


 おれはその「少し大きな光の球」を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る