第112話 最後の攻防
リュックから煙玉を出した。
「ガレンガイル、これをなるべくバルマーの近くに投げてくれ」
隊長はうなずいて煙玉を取った。
「黒い光が途切れたら、おれは中央から駆け上がる。二人は隙があれば、右の階段を上がってくれ!」
おれに反射石を出した。まだ使わない。走り出してからだ。
煙玉が投げられ、中央の階段の一番下あたりに落ちた。白い煙が噴出する。思った通りだ。魔法石はダメでも物理的なこっちはいける。
「どーだ! バーカ! 手も足も出ないと思ったか。煙は出るぞ! バーカ!」
おれの言葉にガレンガイルとティアが目を丸くしている。声を抑えて二人に伝えた。
「こっちに注意を向けさせないと」
二人は納得したようにうなずいた。よし、薄汚くののしってやる!
「おい、ロンゲ! 煙は髪が汚れるぞ! 早く水浴びしろ!」
「これぐらいの魔法、このガレンガイルには屁でもないわ!」
「ワオーン」
ハウンドまで吠えた。
ティアが息を大きく吸い、大声を上げた。
「おじさんのお風呂上がりなんて、キモッ! 何歳だと思ってんの! 若いと思ってるの本人だけじゃない? 鏡見たら? 誰も、あんたの事なんて見てないわよ! キモーイ! キモーイ!」
これは効いたぞ! でも、なんだろう、おれとガレンガイルまで落ち込んだ気がする。
白い煙が辺りに充満してきた。おれは反射石を三つまとめて左手に用意した。
いつでも駆け出せるように、足を広げて構える。しかし、悪口を言い続けるって難しい。
「バーカ! バーカ! バッ」
黒い光が止まった。
「今だ!」
短く言って駆け出す。
「おおー!」
おれは吠えた。おれに注意を向けさせる。
その時、急に走る速度が上がった!
流れる景色がスローモーションのように見える。これは、すばやさが上がる魔法か! それなら、マクラフ婦人の援護だ。すげえ、ちゃんと反撃の魔力は残してたのか!
階段を駆け上がる。煙は上に行くほど薄くなっていた。
見えた! バルマーは右を向いている。片手でオヤジさんの首を握り、もう一方でステッキをオヤジさんの口にかざしていた。ステッキが白い霧のような物を吸い出している。
おれは反射石を三つまとめて強く握った。
「おおー!」
さらにおれは吠えた。バルマーがおれに気づく。首を掴んだ手を放し、オヤジさんは階段を転がっていく。
こっちを向いた。右半分から焼けたような煙が出ている。オヤジさんは魔法陣の扉をバルマーにぶつけたのか!
バルマーがステッキを振った。手の中で石が一つ割れた感触があった。かまわず走る。
もう一度バルマーがステッキを振る。手の中の反射石が、さらに一つ割れた。
バルマーの横に人影。ガレンガイル、おれより早いのか!
ガレンガイルは獣のような速さで間合いを詰めると、そのままの勢いで剣を突いた。バルマーはそれを上回る速さでまわり込み、ステッキで肩を叩いた。ガレンガイルが固まる。
固まったガレンガイルをバルマーはトンッと押した。階段を落ちていく。落ちるガレンガイルの上をティアが飛んだ。
次にティアはバルマーに向けて跳ねると思いきや、うしろの石椅子に飛んだ。三角跳びの要領で背後に。延髄を狙い足を振る。バルマーはその足をかいくぐった!
身体を起こすと同時にステッキでティアの顔を殴った。ティアが吹っ飛ぶ。こいつ、ぜったい殺す!
バルマーの目前に迫った。
おれに向かってステッキを振った。手の中にある最後の反射石が割れる。
おれは使用済みの反射石をバルマーに投げた。同時に、首にあるマントの留め金を外した。ぐるりと回してバルマーにかける。バルマーの顔が隠れた。そこへ右の拳!
殴った! と思う寸前、おれの身体は固まった。
おれの左肩。ステッキで叩かれていた。
バルマーが顔にかかったマントを取った。おれの拳のほんの先だ。バルマーは、その拳を見て苦笑した。
「なんと原始的な攻撃でしょう。最後の最後でそれですか」
おれは拳に力を入れた。ぜったい動いてやる。震える拳をバルマーが見た。
「おや? まだ何かできると?」
「ぬぬぬ」
おれは指の一本に力を集中させた。
動いた。中指を立てることができた。
それを見たバルマーが嘲笑した瞬間、顔を引きつらせた。震える顔で足元を見る。
おれは見なくてもわかった。チックの毒針だ。拳を出すと同時にバルマーの足元へ投げた。余裕をかましサンダルを履いていたのが、あだになったな!
バルマーの顔に、みるみる青い血管が浮き出てくる。すげえ。チックが本気を出した毒針は、致死量なんじゃなかろうか。
バルマーが自分の前にステッキを戻し、何かを唱え始めた。毒消しの呪文だろう。
おれは目を閉じた。たぶん、それは一瞬だ。神経を集中する。
うしろから足音。おれの背中を駆け上がるはず。来た。背中に四つ足の感触。その瞬間に魔法の存在も掴んだ。
ハウンドはおれの背中を越え、バルマーの肩口に噛みついた!
おれの硬直が解ける。足元へチックがカサカサと近寄ってきた。つまんで肩に乗せる。ハウンドも戻ってきた。
バルマーは、ハウンドに噛みつかれた衝撃で後ろに倒れていた。ちょうど石椅子の上だったようだ。王座に座ったバルマーの全身を、赤い炎が包んでいる。
炎の中でバルマーはステッキを掲げ、必死に呪文を唱えている。回復魔法だろう。唱えながら、おれを睨んだ。
「たぶん、それ、消えないぜ」
おれは言った。今回、おれは魔法を抑えていない。ハウンドの口から出る抑制のない炎は、対象物を燃やしつくすまで消えないはずだ。
だから瞬時にそれを悟ったアドラダワー院長は、暗黒石を使った。回復魔法で回復させても、時間の問題だ。
おれは火の勢いに数歩下がり考えた。このまま焼いていいものだろうか。今まで倒してきたのは「妖獣」だ。しかし、これは「人間」である。
この炎は勝手に燃えるが、おれの魔法なので念じれば消えるのかもしれない。
炎はさらに強くなり、火柱となった。大広間が明るくなる。
広間に漂っていた煙も薄れ、階段の上から広間の隅々が見えた。今まで暗がりで見えなかったが、壁際にならんでいるのは数多くの拷問器具だった。
ここで死霊を作っていたのか。それを玉座から眺めて。
そうか、階段下にある噴水は、身体を洗うためじゃない。おそらく、返り血を流すためのものだ。おれは顔をしかめた。
「人間じゃねえな」
おれは
ガレンガイル、マクラフ婦人、ティアの三人が集まっていた。
「お父さん!」
ティアの声が聞こえた。その三人の中心に誰か横になっている。オヤジさんだ!
階段を駆け下りた。マクラフ婦人が、オヤジさんのひたいに手を当てている。
「オヤジさん!」
声をかけた。オヤジさんはぴくりとも動かず、土気色の顔をしている。
「あああ!」
階段の上から絶叫が聞こえた。バルマーは立ち上がり、何かを頭上に掲げた。小さな丸い石? 変異石か!
変異石で炎を抑え込む気だ。おれはリュックから火炎石を出そうとした。だが、変異石は強く光り、より巨大な炎が四方八方に吐き出された!
「逃げよう!」
おれの言葉にガレンガイルがオヤジさんを抱きかかえる。広間を出て、来た道を駆けた。駆けながら連絡石でダネルに連絡する。
洞窟を出ると、そこは死体の山だった。作られたアンデッドは、その製造者が死ねば死人に戻るのか。死体をまたいで歩く。採掘場のゲートまで、やっと逃げれた。
なんだ? 地面が揺れている。
「山が」
誰かが言った。おれは振り返っておどろいた。採石場の半分切られたような山が揺れていた。
その揺れは大きくなり、土砂崩れのような音がして山が沈んだ。
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