第111話 黒い光
バルマーは頬を痙攣させた。怒りの形相だ。
ひたいの傷を指でぬぐうと血はすぐに止まった。数え切れないほどの魔法を使えるバルマーだ。回復魔法はもちろん使えるだろう。
「失念しておりました。私は待つ必要はないのでしたね」
バルマーは変異石を指に挟み、頭上に掲げた。反対の手に持つステッキを石に向ける。
おれは扉に隠れた。ガレンガイルはティアが回復石で回復させている。
なに! バルマーの持つ変異石から光が出る。それは黒い光だった。光なのに黒いとはおかしいが、霧でも風でもなく光だ。
黒い光は放射線状に伸びた。光に当たったデスモダスが、上からボトボトと落ちてくる。これは全対象に向けた即死呪文か!
敷地でアンデッドと化した憲兵は、これで全滅したのか。そして自分の手下もろとも、この光を喰らわせたのか。
その黒い光が、ふいに止まった。
「ほう、この呪文も止めますか。魔法陣の扉はたいしたものです。ですが、これを受けると相当の魔力を消費するはずです。私と根比べといきますか」
バルマーはまた呪文を唱え始めた。変異石から黒い光が出る。
その黒い光は魔法陣の扉で止まっていた。しかし、一歩も動けない。
入り口のマクラフ婦人を見た。扉の後ろに立ち、片手は扉にかざしていた。
もう一方の手は腰の小袋を探っている。魔力石を使うつもりだ。となると、もう魔力はなくなりつつあるのか!
何かしないといけない。しかし、反射石では防げない。バルマーのこれは連続攻撃のような物だ。
煙玉は? いやだめだ。バルマーはこっちが動けないと知っている。魔法を出し続けるだけだ。
待てよ。火炎石、マクラフ婦人がやったあれだ!
「ガレンガイル、火炎石を投げるやつできるか?」
その手があったと、ガレンガイルはポケットから火炎石を出す。石につぶやいて、扉の上を超えるように放った。
石は放物線を描き、ガン! と石の床に跳ねた。
だめだ、何も出ない。おそらく、魔法の効果が黒い光で消されている。
どうする? マクラフ婦人には、魔力石を十個ほど渡している。あといくつ残っているのか。
ふと気づいた。さきほど立っていた婦人が、片膝をついていた。また腰袋から魔力石を出している。いや、あれは魔力石なのか?
魔力がすべてなくなると、どうなる。そこからは体力が削られるんじゃないか。だとしたら、今、握っているのは回復石?
やばいぞこれは。おれはリュックを開けた。反射石は二個残っている。
「ガレンガイル、反射石、残ってるか?」
服のポケットを探り、一個出してきた。それを取ろうとすると、ガレンガイルは手を引いた。
「カカカ殿、何をする気だ?」
「それを寄越してくれ」
「それは、戦士の役目であろう」
ガレンガイルと見合う。
「お父さん!」
ティアが叫びそうになった口を押さえた。
お父さん? ティアの視線の先を追う。玉座への階段の左。噴水のさらに奥。
暗がりから、氷屋のオヤジが魔法陣の扉を押して進んでいる。
「強靭な手!」
オヤジさんの特殊スキル。それを使って扉を押しているのか。おれが渡したナイフをくわえている。
両手のひらと扉が当たったところから煙らしき物が見えた。
オヤジのスキルは、それほど長くもたない。「魔法陣の扉」を三枚も出しているマクラフ婦人も、体力がいつまでもつか。
オヤジさんは、あのまま進み攻撃する気だ。その時、最初で最後のチャンスが来るかもしれない。
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