第81話 真夜中のギルド

 誰かが、おれの身体をさわっていた。


 マクラフ婦人かもしれない。おれを回復させようとしているのか。


 いきなり唇に感触がきた。ええ! 人工呼吸?


 いや、おれの呼吸は止まってない。というか臭い。なんだろう、この匂い。レバーだ。婦人、昼にレバー食べました?


 そこまで思って気がついた。目を開ける。黒犬がおれの顔を舐めていた。


「臭え! お前、レバーソーセージ食べたな」


 おれは起き上がり、部屋を見回した。治療院ではない。ここ、どこ?


 小さな部屋に、ベッドが一つだけ置かれている。ベッド近くの床には、おれの剣や盾、それにチックもいた。


 ベッドから下りて装備を身につける。チックは胸ポケットに入れた。


 違うポケットに入れていた懐中時計を見る。もう夜中の12時だ。おれは丸々十二時間以上も寝ていたらしい。


 剣を持って扉を開けると、どこかわかった。トイレのように扉が並んでいる。レベル上げの部屋、つまりギルドだ。


 ほっとして剣を腰に戻した。一階に下りる。何人か職員がいた。そして、おかしい。雨戸が閉められている。ダネルを治療した時に閉めたが、今はいいはずだ。


「カカカ様、起きられましたか」


 そう声をかけてきたのは、ここの交渉官、グレンギースだ。


「助けた女の子の父親が来ましたが、お疲れのようでしたので、またにしてもらいました」


 なるほど、ハウンドがレバー臭かったのは、それか。お礼に父親が持ってきてたんだな。それより、この状況が気になる。


「雨戸、どうしたんです? 台風でも来るんですか?」

「死霊が街に出没しています」


 嘘でしょ?


 おれは雨戸がついていない小さな窓から外を見た。うわ、前の建物の窓に死霊がへばりついている。おっかねえ。


 おれは窓から離れた。こっちに気づいて近寄ってくるとやばい。


 人間の土地には結界が張ってあり、モンスターたちは入れないはずだった。理由を聞いてみたが、グレンギースもわからないらしい。


 今晩は数人の職員が残って見守るそうだ。おれが寝ていたベッドは、その宿直室だったみたい。


 おれは霊廟で力尽きてからの事を聞いた。カリラは治療院に行き、今はすでに両親のもとに帰ったらしい。ケガも無かったようで何よりだ。


 だが、憲兵隊と教団の事を聞き、自分の耳を疑った。


「かいめつ? 壊滅って言いました?」

「はい。憲兵の第一、第二、それに城の守備隊は、三つある教団とそれぞれ激しい戦闘になり、壊滅状態です」

「ちょっと待ってください。黒幕はバルマーのやつだったでしょ?」

「三教団、どの施設からも、子供が発見されました。戦闘になるのは必至です」


 バルマーはこうなるように仕組んだのか。


「それ、やばくないです? そうなると、ガレンガイルの隊ぐらいになりません? まとまった警備集団は」

「ガレンガイル隊長は、三番隊長の任を解かれました」

「はぁ?」

「街の者に聞いたので正確ではありませんが、勝手に囚人を逃したそうです」


 やっちゃった! おれのことに間違いない。おれが勝手に逃げたと申し出るべきか? いや、それをすれば打首?


 そうならないために、ガレンガイルが自ら責任を取った可能性は高い。おれは頭を抱えた。人ひとりの人生を狂わせた。


 ガタガタ! と木の雨戸が揺れたので、思わず剣を抜いた。


 死霊かと思ったが、よく考えると死霊は物を動かす力はない。おまけに、剣を構えても意味がない。


「建物の中に死霊は入ってくるんですか?」


 グレンギースは首を振った。


「さすがにそこまでは越えてこないようです」


 ちょっと安心したが、家から出られないという状況だ。今夜は、ここで夜を明かすしかなさそうだ。


「おれを連れてきてくれたのは、誰です?」

「マクラフです。憲兵が治療院へ連れて行こうとしたそうですが、彼女が見たところ身体に異常はなさそうなので、ここにしたと。治療院に行くと高くつくと言って」


 ありがたい! 貧乏人のおれは、マクラフ婦人に感謝した。素晴らしい主婦の金銭感覚。いや、かつて冒険者だったからか。


 そんな事を考えていると、腹が「ぐう」と見事な音を立てた。


「食事を、お持ちしましょう」

「す、すいません」


 外に出れないのだ。ここでもらうしかない。


「こんな日に、勇者様がいてくれて、こちらこそ感謝です」


 待っていると、スープとパンを持ってきてくれた。あっという間に平らげると、再び眠くなってくる。グレンギースがベッドを使ってくれと言うので、その言葉に甘えた。

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