第80話 炎の噛みつき
カリラの首筋に短剣をつきつけたヨーフォーク。なまじ硬直しているので、隙がない。
唸り声が聞こえた。ヨーフォークが眼球を動かしておれの足元を見る。黒犬が獲物を狩るような低い重心で構えていた。マヒを自力で解いたか。
「ハウンド、動くな」
おれがそう言った時、うしろからドタドタと複数の足音が聞こえた。
「カカカ殿!」
ガレンガイルの声。ヨーフォークの視線が動く。黒犬の体が弾けたように飛び出した!
「よせ!」
おれも飛び出した。左から回り込むように駆ける黒犬を直線で追う。
黒犬はヨーフォークの数メートル前から鋭く跳ねた。おれも黒犬に飛びつく。
うしろ足に触れた瞬間、黒犬から怒涛の怒りがおれに伝わってきた。炎だ。黒犬の怒りに燃える炎が見えた。黒犬はヨーフォークの首筋に噛み付く。
おれはカリラを抱き上げ、ヨーフォークから引き離した。
「あああ!」
ヨーフォークの叫び声が聞こえた。硬直したまま、首から上が赤い炎に包まれている。それがカリラに見えないように腕に包んだ。
そのまま立ち上がり駆け出す。部屋になだれ込んで来た憲兵たちの脇をくぐり、霊廟の出口へと走った。
霊廟から出ると、カリラを地面にゆっくり降ろす。
出口を見張っていた憲兵から声をかけられた。悪いが無視だ。
リュックから万能石を取り出す。マヒでも毒でも消すので「万能石」と呼ばれている魔法石だ。
片方の手に握り、もう片方はカリラの額に置いた。石が鈍く光る。バターが溶けるように、硬直した身体がすっと柔らかくなった。
それと同時に、カリラが失神した。あわてて息を確認する。大丈夫だ。呼吸は寝ているように穏やかだ。
おれは、ほっとしてへたり込んだ。四つ足の足音に振り返ると、ハウンドが頭にチックを乗せて近寄ってくる。
いけね、飛びついた時に、チックを振り飛ばしてしまった。というか、お前ら、いつから仲良しなんだ?
へたり込んだおれの横にハウンドが座る。おれはチックを自分の肩に移し、ハウンドの頭をなでた。
あの時、ヨーフォークの頭を燃やしたのは、赤い炎だった。こいつの怒りに呼応して、おれの魔法が出てしまった。
ハウンドの特殊スキルに「かみつき」とあったから、あれはさしずめ「炎のかみつき」だな。
しかし、眠い。
夜通しダネルを治療して、この戦闘だ。チックを地面に置いて、おれは大の字に寝転がった。
憲兵隊が何か言っているが、ほっとけばいいだろう。それよりカリラを治療院に連れて行きたい。
そう考えていると、霊廟に上がってくる人が見えた。
マクラフ婦人?
銀色の鎧に身を包み、背中には弓を背負っている。カールのかかった長い赤毛は、うしろで一つに結ばれていた。
まじか、あの格好。魔法戦士だ。
魔法使いと戦士、両方の特性を持つ上級者。よし、彼女が来たのなら、カリラはまかせよう。
安心したら、またどっと眠気が来た。もう寝ちゃおう。おれは眠気に身を任せ、目を閉じた。
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