第79話 霊廟の地下道

 思ったより長い階段だった。


 慎重に進んでいたが、いきなり平坦な道になりびっくりした。階段があると思ってたので「んあ!」と、思わずマヌケな声を上げる。


 両手を広げると、両側の壁に触れた。通路は広くはない。


 壁伝いに歩いていくと、遠くの壁にランタンの灯が見えた。「ガウッ」と黒犬が吠えたかと思うと、突然に駆け出した!


「ハウンド!」


 押し殺した声で呼ぶが、ランタンの灯りも通り超え、その先の闇に消える。おれも駆け出したが、腰のロープが止まり、うしろに引っ張られるように転んだ。


 ロープを何度か引っ張るが、緩めてくれる気配はない。どこかで引っかかったのか。太ももにつけていたナイフでロープを切る。


「チック! チック!」


 押し殺した声で呼ぶ。肩に置いていたので、さっき転んで落ちたはずだ。


 カサカサと足元で音がした。踏まないように足は動かさず、手探りで地面を探す。いたぞ。硬い甲羅の感触。つまんで胸のポケットに入れる。


 立ちあがり、ハウンドに追いつこうと早足で進んだ。


 壁にかけられたランタンまで来ると、さらに奥にもランタンが見えた。ハウンドの唸り声が聞こえる。おれは奥のランタンの灯りへ走った。


 しまった! 壁にかけられたランタンだと思いきや、広い空間だった。何も考えず、飛び出した。


 地下室には七人の男がいた。そのうちのひとり、真っ白な長いコートが薄明かりの下でもわかる。バルマー局長だ。


 ほかに見た顔がふたり。脂ぎったオールバックの中年は、ヨーフォーク三世だ。それに執事もいる。


 ほかの四人は顔にドクロが書かれた頭巾をかぶっている。趣味が悪い。


 黒犬は、部屋の隅にいるドクロ男の二人と向き合っていた。いや、その男二人の後ろ。石の椅子に座ったひとりの女の子。カリラだ。


 ハウンドは、カリラの匂いを嗅ぎつけて走り出したのか。


 カリラを見た。目を見開いて、身動き一つしない。おそらくマヒ呪文。


 かっ! と血が上りそうなのを抑えた。七対一、いや、こっちには二匹いるから七対三か。人数が圧倒的に不利だ。


 バルマー長官の前に立った二人は、剣を抜き、おれに向かって構えた。敵の後ろには、暗い穴が開いていた。どこかへと抜ける通路か?


「チック出てこい」


 チックがおれの肩に上がってくる。


「撃てと言うまで、撃つなよ」


 相手にも聞こえるように言った。ハッタリみたいなもんだが、七対二と思われるよりいい。


「意外な人物の御出座。第一幕の終わりとしては、良いのかもしれません」


 口を開いたのは、バルマーだ。おれはバルマーを睨みつけた。


「お前が黒幕なのは、もう、みんなが気づいている。終わりだ」

「遅すぎます。動くのが」


 遅すぎる? 意味がわからなかった。


「怨霊が出た依頼を忘れましたか? この霊廟に三教団を示す物は置いておきました。しかし誰も、この中に入りません」


 あの怨霊退治。あの時から狙っていたのか。


「次に離れ島の小屋を用意しておいたのですが、これも、誰も気づかない。貴殿にも依頼書を授けたのに、一向に動く気配がない。あの三件は全て、離れ島の近くです」


 あれもか! ほかで忙しくて見てもいない。


「子供がさらわれた、というのは、やはり大人の心を動かすようです。ようやく事が動きました」


 自分が犯人だとバレてもいいのか? バルマーの考えている事がわからなかった。


「さて」


 バルマーが手にしていたステッキを一振りすると、黒犬の唸りが止まった。全身の毛を逆立てている。嘘だろ! いつマヒ呪文を唱えた?


 バルマーはカリラに近づくと、足をポンとステッキで叩いた。髪の毛を鷲掴みにして引っ張るとカリラが立った。カリラの目がさらに大きく見開く。


 おれはカッとなり動き出そうとしたが、前の二人が反応したので、そちらに剣を向ける。


 カリラは硬直したままだったが、足は動くようだった。


 バルマーはカリラを連れ、さきほど立っていた奥への通路前まで戻った。もう一度、カリラの足を叩く。カリラが直立不動で動かなくなった。


「バルマー」


 名前しか言えなかった。しゃべると、自分がブチ切れそうだ。


「勇者殿、お待ち下さい。ヨーフォーク、こちらへ」


 呼ばれたヨーフォーク三世は、脂汗を吹き出しながら前へ出た。


「この少女の横に立って。そう、そうです」


 バルマーは、ヨーフォーク三世をカリラのすぐ横に立たせ、ステッキで足を叩いた。


「バ、バルマー様」


 ヨーフォーク三世がおびえた声を出した。


「この男は、私に多大な借金がございまして。使いみちもなかったのですが、よい見せ場ができました」


 バルマーはそう言うと、腰から短剣を引き抜きヨーフォークに握らせた。それを勢いよくカリラの首筋に突き立てる。


「よせ!」


 短剣は首筋の寸前で止まった。いや、少し入った。カリラの首に赤い糸のような筋が流れる。


 バルマーはステッキを持ち上げ、ヨーフォークの肩を叩く。


「全身が硬直しておりますが、このまま貫くほどの動きはできます」


 そしてヨーフォークの横へまわり込み、にこりと満面の笑みを浮かべた。


「近寄ってきたら、刺しなさい。それしか、あなたの生きる道はありません」


 今度はおれのほうを向く。


「勇者カカカ殿、この地下から退散すれば、この子は後ほど、帰しましょう」


 絶対に帰って来ない。しかし、動くこともできなかった。


「では、それ以外の皆々様は、ご退場と参りましょう」


 バルマーはそう言って奥の通路へと消えた。ほかのドクロ頭巾をかぶった男たちも、おれに剣を向けながら後退した。ひとり、またひとりと消えていく。


 少しでもおれが身体を動かすと、ヨーフォークは目を見開き、短剣の切っ先が震える。その度にカリラの首に赤い血の糸が流れた。

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