第68話 迷子

 ある日の事。


 その日は憲兵隊長が不在のため、稽古がなく夕方には家に着いた。


 家の扉を開ける手前で立ち止まった。氷屋は、まだ開いている。久しぶりに声をかけてみようか。そう思ったが、なんて言っていいかわからない。


 また今度にしよう。店じまいの途中かもしれないし。自分で言い訳をしているのはわかったが、おれは家に入った。


 以前に「自分から、歩み寄ってみればどうだ?」と、おれはカリラに言った。まったく、偉そうに子供に向かって言う資格はない。


 ふてくされて葡萄酒を飲み、寝ようとした時だった。ミントワール校長のロードベルで目が覚めた。


「カカカ、すぐ来れますか?」

「どうしました?」

「幾人かの子供が、家に帰っていません」

「すぐ行きます」


 おれは装備を急いでつけた。物音にハウンドとチックも起きてくる。


「すぐ出るぞ」


 おれはチックを胸ポケットに入れ、ハウンドと夜の道を走った。



 学校には、ランタンを手に持った大人たちが大勢いた。学校中を捜索しているようだ。


 ミントワール校長を見つける。


「おお、カカカ、四人の子供が家に帰っていません。勇者の力を貸してくれますか?」

「もちろんです。どこかで遊んでいるのでは?」

「その四人は、友達というわけでもないのです。年齢やクラスはバラバラで」


 校長は、いなくなった子供の名前と年齢をひとりずつ言った。最後に一年生のクラスで「カリラ」の名を言う。


「手がかりは?」

「今のところ、まったくありません」


 おれは黒犬を見た。こいつなら探すかもしれない。


 教室に走った。カリラの私物を探すためだ。しかし探すまでもなかった。カリラの机の上には、裁縫道具が出たままになっている。あの歳で裁縫道具?


「カリラは居残って人形を作っていたのですよ」


 息を切らして追いかけてきた校長が言った。机の上の裁縫道具から、黒い布を掴んだ。


「なんでも、黒い犬の人形を作るそうで。先生のひとりに教わっていたそうです」

「では、その先生が知ってるんじゃ」

「いえ、用を足しに席を外し、戻ってきた時にはいなかったそうです」


 そんな事って起こるのか? おれは黒い布を持ち、ハウンドの前にしゃがんだ。


「カリラのだ。今日の匂いが辿れるか?」


 ハウンドは布を嗅ぐと、次に地面を嗅ぎ始めた。教室を出ていく。いいぞ、おれも校長も、その後について行った。


 ハウンドは廊下を少し進むと止まり、その場をぐるぐるまわると「ガウ」と吠えた。


「匂いが、ここでなくなった。おそらく、そう言ってると思いますが、そんな事ってあります?」


 おれは校長に聞いたが、校長の顔が青ざめる。


「ない、事はないです。ですが、ありえません。高度な結界呪文を使えば、見ることも声を聞くことも、匂いを嗅ぐこともできません。しかしそれでは……」


 校長が言葉につまった。おれがその後を言う。


「なるほど。人がさらった、という事になる」

「ありえません! ここは学校ですよ、なにが起きたというのです」


 おれが今度は言葉に詰まった。これは、一大事だ。どうする?


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