第67話 追いかけっこ

 少女から声をかけられたのは、その一週間後。


 樹の下で本を読んでいると、運動の時間なのにカリラがおれの元へ来た。


「これ、あげていい?」


 カリラは紙の袋を持っていた。黒犬が鼻をヒクヒクさせ、すっと立ち上がり「ガウ!」と吠えた。


「食べたいみたいだ。あげていいよ」


 少女が袋から出したのは、まずそうな色をしたソーセージだった。灰色のような色をしていて、匂いもクセが強い。


 色といい、匂いといい、言っちゃ悪いが犬のウンコだ。ところが、黒犬の前に置くと、おどろくほどがっついて食べた。


「それ、なんのソーセージ?」

「レバーソーセージよ。うちのワンちゃんも好きなの」


 レバーソーセージ。そんな物があるのか。おれはスーパーで三袋いくらの物しか知らない。


「わー、この子、目が青い」


 カリラがソーセージをがっつく黒犬を眺めている。


 この子は飼い主であるおれに「あげていい?」と、まず聞いた。気遣いができる。性格はいいという事だ。なら、なぜひとりなんだろうか。


「カリラは、なんで友達と一緒に遊ばないの?」

「なんでって、誘われないもの」


 おれは「ふーむ」と言って空を見上げた。何と言えばいいんだろう。


「自分から歩み寄ってみれば、いいんじゃないかな」

「嫌よ。向こうは遊びたくないかもしれないじゃない」


 ごもっともだ。子どもの世界は大人が思っているほど単純じゃない。


 おれも昔に親から「クラスの子と、もっと仲良くしなさい!」と言われた事がある。しかし、そんな簡単な物じゃないんだ。


 何か言おうと言葉を探したが、何も出てこない。


 カリラが誘われないように、おれも話しかけられる事はない。それは当然で、子供から見れば「たまに来る、変なおじさん」だ。


 ここは、おれが実験台になってみようか? ふとそう思った。


 おれが先に輪に入ってみよう。失敗してもおれはすぐにいなくなる身だ。カリラは、この先も同級生との時間が長い。


 立ち上がり、手を振りながら球蹴りをして遊んでいる五人ほどの集団に駆け寄った。


「おーい、おじさんも入れてくれー」

「おじさん、遊べるの?」

「犬は? 犬も一緒じゃないの?」


 ハウンドに興味があるのか? おれは振り返ってカリラに手を降った。


「おーい、カリラ、ハウンドを連れて来てくれー」


 呼べばハウンドはすぐ来るのだが、あえてそう言ってみた。


 少女と犬が歩いてやってくる。同級生の女の子のひとりが、カリラの紙袋に目をやった。


「カリラ、何あげたの?」

「レバーソーセージよ、この子も好きみたい」


 みんなが「へぇー」という顔をした。


「じゃあ、この犬と駆けっこするかい? 追いつかれたら負け」


 みんなの目が輝いた。


「よしじゃあ、みんな逃げろよ、よーい、ドン!」


 おれが手を叩くと同時に、子供たちが逃げた。


「いいか、ハウンド、ぜったい噛むなよ。抱きついて、戻ってこい。まずは、あの子だ」


 逃げた子の中から、適当にひとりの子供を指差した。ハウンドが矢のように飛び出す。うしろから飛びついて帰ってきた。


「じゃあ、次は、あの子」


 次に指差すと、その子に向かって走った。あっという間に追いついて飛びつく。子供と元モンスターだ。勝負にもならない。


 ハウンドも要領を得たようで、おれの元に戻ってこない。逃げている子供に片っぱしから飛びついていく。あいつも楽しそうだ。


 最後にカリラが残った。ハウンドは追いつくと、うしろから覆いかぶさった。二人して地面に転がる。


 おいおい、大丈夫か。おれはカリラの元へ走った。ほかの子供も集まってくる。


 駆け寄ると笑い声が聞こえた。見れば黒犬は、カリラの上に乗って顔を舐めている。レバーソーセージのお礼だろう。


「あー! やめて! レバー臭い」


 カリラの絶叫に、みんながどっと笑った。


 子供たちに意外なほど喜んでもらえた。そうなると、こちらもサービス精神がむくむくと出てくる。


「よし、みんな、珍しい物、見たい?」


 子供たちがうなずいた。


 ハウンドと遊んだ一団を連れて、おれはリュックを置いている樹の下に戻った。みんなで輪になって座る。


「校長先生には言うなよ、出すなって言われてるからな」


 おれはリュックからチックを出すと、みんなの輪の中央に置いた。


「おれの仲間、チックだ」


 子供たちが目を丸くして黙った。


 しまった。いきなり危険な昆虫を見せるような物か。リュックに戻そうと思った時、子供たちから感嘆の声が上がった。


「うっわー!」

「かっこいい!」

「おじさん、この子も戦うの?」

「ああ、戦う。魔法も使える」

「魔法も!」


 この世界で魔法が使えるというのは、ひとつのステータスらしい。みんなの目が興味津々から尊敬の眼差しに変わった。


 チックは小さな子供に囲まれ、ハサミを振り上げた。おそらく言葉にするなら「なんだコノヤロー」だ。


 おれは手のひらに乗せ、にやっと笑って子供らに言った。


「さわりたい人ー!」


 みんなが手を挙げる。まじかよ、この世界の子供って、たくましい!


 この日から、チックはクラスのアイドルになった。授業の合間に「見せて! 見せて!」とせがまれる。


 チックが野菜を食べる事を知ると、家から野菜を持ってきてくれる農家の子もいた。


 ハウンドも人気だ。意外だったのが、シッポをいきなり引っぱるような粗雑な子はいない。


 頭を撫でたい時は、必ずハウンドの正面にまず座る。相手が許してくれそうだと確認してから撫でる。


 思えば、生まれた時から妖獣がいる世界で育った子らだ。生き物への理解や畏怖は、おれが思うよりずっと強いのかもしれない。


 ハウンド自身のお気に入りは、カリラだ。ちょくちょくレバーソーセージを持ってきてくれる。聞けばソーセージ屋の娘だった。好物になびきやがって。休み時間には、おれを離れてカリラと外へ遊びに行く。


 おれもカリラもクラスに溶け込んだが、ひとつ疑問がある。二匹にはプレゼントの山があるのに、おれには何もない。なぜだ!

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