第56話 パーティーの解除

 入院生活というのは、世界が変わっても同じである。つまり暇だ。


 知り合いでもいれば見舞いにくるかもしれない。だがここは異世界だった。おれを知っている人はわずかだ。


 窓から海を眺める日々が続く。ほんとこれ、海が見えるのが救いだな。小さいころから眺めていても見飽きないのは海ぐらいだろう。


 ダネルは三日ほどで退院したが、おれは一週間かかった。指というのは複雑な作業をする分、神経や筋肉も複雑らしい。


 そして入院費。これでまた無一文に近い。おれの生活って、ほんとに安定しない。


 退院して家に戻ると、置いていた食料は全部傷んでいた。隣の空き地に作った穴に捨てる。


 氷屋で食べるか。あれからしばらく経った。オヤジの怒りも少し収まったかもしれない。


 おれの予想は甘く、氷屋のオヤジはおれの顔を見て「いらっしゃい」とは言わなかった。


「羊肉パンひとつ、いいですか?」


 オヤジは、作り置きしていた羊肉パンを紙で包んで出した。帰って食え、という事なんだろう。おれは代金をカウンターに置いた。


 帰ろうとしたところ、オヤジが背を向けたまま言った。


「あの晩、ちょうど自分の数値を見てた娘は、おめえの数値が変わるのを見た。すっ飛んで行ったぞ」


 そうか。やっぱりティアだったのか。


「助けてくれてありがとうと、伝えて下さい」

「仲間の結びつきを切ってくれ。もう少し早く行ってれば、娘も大怪我したかもしれねえ」


 オヤジの考えは正しい。おれと関わったために、道具屋のダネルは膝に後遺症が残った。以前にアドラダワー院長は「災いを呼ぶ者か?」とおれに聞いた。結果としてそうなっている。


「わかりました」


 おれは短く言って、氷屋に背を向けた。この世界でおれを知っているわずかな人。それは増えることもあれば、減ることもあるんだな。


 ため息をひとつつき、おれは家に帰った。




 パーティーを外すのって、どうやるんだろうか? あくる朝、オリーブン城に来た。城の冒険者窓口に聞くと、申請するだけでできた。なるほど、組む時は二人必要だが、切る時はひとりでいいんだな。


 申請を終えて帰ろうとすると、黒犬が吠える。


「ハウンド、騒ぐな」


 黒犬は先に走っていき、振り向いてまた吠える。


「おいおい、勝手に行くなよ」


 あわてて追いかけた。


 城から出た瞬間、何か妙な感覚を覚えた。なんだ? 地面が少し揺れてる?


 ごごご、と地震のような音がし、城につながる塔の一つが崩れた。まじか!


 城の中から、人々が出てくる。街の人も集まってきた。人が大勢になるとハウンドが踏まれそうだ。おれは城から離れた。そして脇を歩く黒犬を見る。


「お前、これを察知したのか?」


 もちろんハウンドは答えない。野生の勘、または鼻で異常を察知したのかもしれない。


 これは気をつけないと。この犬の動きがおかしかったら逃げる。おれはそれを胸に刻み込んだ。

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