第55話 勇者カカカと秘密の箱
違う話題を探した。おれは何だか責められてばかりだ。
「院長、あのバケモノはなんです?」
「そう、それじゃ。あれが何かは、わしもわからん。妖獣に詳しいミントワールにもわからんかった」
まじかよ。この二人でもわからないって。
「人の道を走ってきましたよ?」
「人間の土地や道に張ってある結界は弱いのでな、まれに入ってこれるやつもおる。あれは妖獣より上の格、魔獣じゃな」
「そんな化け物が、なんでまた」
「来た理由はわかる」
ベッドの下から編みカゴに入ったおれの私物を出した。
「前の時には気づかんかったわい。これじゃ」
そう言って革のブーツを取り出し、靴底を見せた。土踏まずにあたる凹んだ部分に、小さな黄色い石のカケラが刺さっていた。
「変異石!」
ダネルが叫んだ。
「カカカ! 今度はおれに売ってくれ!」
院長が首を振った。
「道具屋よ、この小ささで、この騒動じゃ。手元に置かんほうが身のためじゃ」
「ですが、城に渡しても」
「そうじゃのう。このところ、妙なことばかりじゃ。調べるためにも持っておいたほうが良かろう。なのでな、こんな物を用意した」
院長は、ベッドの下に隠すように置いていた箱を取りだした。宝箱のような形をしているが、材質は木だ。木のシワに、赤い塗料が染み込んだような跡がある。
「秘密の箱」
ダネルがつぶやいた。
「お前さん、優秀じゃの。カカカに教えてやってくれんか?」
ダネルがおれのほうを向いた。
「この箱はな、フタを閉じた人にしか開けられない。本人以外だと三人の合鍵が揃わないと開けれない」
説明されたが、まったくわからない。
「カカカよ、変異石はこの箱に入れてよいか? それを、わしが隠す」
「院長が危なくないですか? またバケモノでも来たら」
「存在を隠す結界を張る。まあ大丈夫じゃろう。よいかの?」
もちろん、うなずいた。こんな物騒なもの、持っていたくない。院長がブーツと箱を渡してくる。
「ハウンド、降りてくれ」
黒犬は素直に降りて、部屋の隅で丸くなった。
おれはブーツを入れフタを閉めた。院長がおれの側に来て、フタに触った。ミシミシ! という音がして、木のシワが赤く染まった。血を吸い込んでいるみたいだ。
次にミントワール校長が触る。箱はさらに赤く染まった。
「サレンドロナックにさせよう思うとったんじゃが、やつは帰った。道具屋、お主がするか?」
「妙なことに巻き込まれそうですがねえ。困ったなあ」
そう言いながら、にやにやしている。おれは腕を伸ばしてダネルに箱を近づけた。
ダネルも手を伸ばして箱に触る。ミシミシと音をさせて木のシワがダネルの血を吸い、最後にバキッ! と音が鳴った。
「言うのが遅えが、おめえ、片足で帰るのか?」
「あっ! それ早く言えよ!」
「まあ、治療院のサンダルを貸そうかの」
院長は立ち上がり、おれの箱を取った。部屋を出ようとして、黒犬に目を止める。
「カカカよ、この犬に魔法が使える他、変化はなかったか?」
「いえ。ありません」
「そうか」
アドラダワー院長と、ミントワール校長は出ていった。
ダネルは腕のチックをテーブルに起き、横になった。おれに背を向ける。寝るようだ。おれも寝ようと思い、横になる。
「おい、おめえな」
背を向けたままダネルが言った。
「あの犬がしゃべったの、なんで言わねえ」
「聞こえたのか!」
「俺の上に倒れてたからな。心に直接聞こえやがった」
やっぱり、幻でもなく、黒犬がしゃべったのか。
「おめえ、ほんとに人間だよな?」
「ダネル、正直に言っていいか?」
「ああ」
「チックもしゃべった」
「ああ?」
「ちょっと、怖くなってきた。おれ、人間だよな?」
ダネルは無言になった。おれは寝返りを打って窓の外を見た。
「人間だと思ってるなら、人間なんじゃねえか?」
ダネルがふいに答えた。
「そうか」
「まあ、屁もこけるしな」
そう言って、ダネルは寝息をたて始めた。おれは空を見ていたが、やがて眠くなり、目を閉じた。
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