第57話 バルマー

「勇者カカカ様では、ありませんか」


 ふいに声を掛けられ、見知った顔がそこにあった。ギルドの交渉官、グレンギースだ。


 グレンギースの隣に、これまたキレ者そうな男がいる。おれより一回りは上だと思うが、年齢不詳の若々しさがあった。長い艶のある黒髪で、端正な顔立ちをしている。


 おれも、この世界に来て髪を切ってないから長くなったが、ただのボサボサだ。


 この世界の場合、男で手入れが行き届いた外見のやつは、だいたい社会的地位がある。しかも、この暑いのに金の刺繍が入った白いコートを着ている。金持ちだな。


「局長、こちら勇者カカカ様です」


 局長? なるほど、ギルド局長か。


「バルマー、と申します。貴殿の事は、アドラダワーから伝聞で存じ上げております」


 まいったな。シェイクスピアの演劇でも始まりそうな古風で丁寧な物言いだ。おれは会釈をして挨拶を返した。


「グレンギース殿も城に?」

「ええ。その事について、後ほど、お伝えしたい事がございます」

「ちょうどいい。このあと、おれはギルドに行くんで」

「では、手前どもの馬車で共に参りましょうぞ」


 そう言ったのはバルマー局長。あまり同席したいタイプではないが、是非にと言われ断れなくなった。まあ、取引先の社長みたいなもんだからな。


 バルマー局長とグレンギースが乗ってきた馬車は、豪華な黒塗りの箱馬車だ。


 グレンギースに両開きの扉を開けられ、ぎこちなく乗り込む。向い合せで四人が悠々と座れる広さだった。


 黒犬をどこに乗せるか迷ったが、おれの足元に来ると丸まって寝始めた。


 前に座ると、後ろの小窓から城が見える。崩れて半分ほどの高さになっていた塔が、がらがらと完全に倒れた。


「うわっ、大丈夫でしょうか?」


 バルマー局長が振り返り、うしろの小窓を見る。


「崩落したのは見張りの塔です。それほど怪我人も出ずに済みましょう」

「なら良かった。なんで急に崩れたんでしょうね」

「恐らく、地盤沈下でございましょう。あの辺りは地下水脈が多く存在いたします」

「そうですか」


 なんか調子狂うな。こんなに腰の低い社長は初めてだ。仲良くなったほうがいいのか、あんまり近づかないほうがいいのか、判断がつかない。


「それで、グレンギース殿、話とは?」

「ええ。カカカ様に受けていただいた死霊退治ですが、ギルドでは扱わない事になりました」

「まじで? いや、どのような経緯で」

「元から受けていただける冒険者は少なかったのですが、カカカ様が戦った怨霊との話が広まりまして。もはや誰も受けなくなってしまいました」


 まじか。入院ざたになった影響が、こんな所にも出たか。


「しかし、死霊はどうするんです? みんな困るんじゃ」


 グレンギースがうなずいた。


「それを、さきほど協議して参りました。国内にある三つの教団が対応していただけるそうで」

「教団? 神父が戦うんですか?」

「いえ、大きい所では修道騎士などもおりますので」


 なるほど、神官戦士か。回復系の魔法を得意としつつ、戦士の攻撃力もあるので便利なやつだ。しかし、アテが外れた。死霊退治の稼ぎで治療院の借金を返そうとしていたからだ。


「ご不満ですか?」


 グレンギースが聞いてきた。困ったのが顔に出たようだ。


「いえいえ。おれはあまり強くないのでね。どうやって金を稼ぐか、頭を捻ってただけですよ」

「であれば、是非とも、人探しの案件を」


 ふいに口を開いたのはバルマー局長だ。


「この所、増えております。報酬も良く、高いものだと金貨十枚になります」


 金貨十枚! 元の世界では百万円。見事な逆転さよならホームラン。


「ええ、しかし、人探しは見つからない、または亡くなっていた場合は無効です」


 グレンギースが横から付け加えた。おれはヒーローインタビューを受けている自分の妄想を消した。


 そうか、無駄になる事も多いんだな。それに自分からいなくなっていたら、探すのも大変そうだ。


「グレンギース、早いもの勝ち、という側面もありますよ」


 なるほど。依頼を受けるというより、言葉は悪いが「賞金首」みたいな物か。


 バルマー局長は、内ポケットから三枚の依頼書を出した。普通の依頼書とは違い、下半分に似顔絵が書かれている。


「私もこのように、何件かは常に持ち歩いております。ひとまず、こちらを差し上げておきましょう」


 バルマー局長がおれに差し出す。


「いいんですか? ご自身のは?」

「同じものが何枚もギルドには用意してあります」


 そういう事か。おれは三枚の似顔絵を受け取り、リュックに入れた。


「カカカ様、行方不明者は犯罪に巻き込まれている場合もあります。お気をつけ下さい」

「グレンギース、冒険者は危険を冒さねばならぬ職業だ。机に座っているだけの我らが進言する資格はない」


 あらら、ちょっと気まずい雰囲気が。その時、天から救いの女神の声がした。


「わたしだけど」


 上を向いた。ロード・ベルの魔法で話す時は、なんとなく上を向いてしまう。


「はい。こちら湾岸署のカカカ」

「意味わからないわ」


 思いついたジョークはスベった。


「火急の依頼があるの。オリーブ畑の妖獣駆除」

「やります!」


 幸運の女神、マクラフ婦人からの依頼は必ず受けるようにしている。彼女が選んだ、という事は、それは今のおれが経験すべき案件だ。敵も倒せる範囲だという事になる。


 依頼のオリーブ畑は、ここからギルドへの途中にある。白い風車が目印だった。


 おれは、このまま行くと伝えた。ロード・ベルの直接依頼は、ギルドに依頼書を取りに行かなくても受けれる。


「マクラフからですか?」

「そうです。おれは途中で降りて直行します」

「まこと、そなたは冒険者のかがみでありますな」


 バルマー局長が満足そうに言って、うなずいた。なんだろうな、お偉いさんってのは偉そうだから合わないと思ってたが違うな。優しくても肌が合わないや。


 おれは乗せてもらった礼を言い、馬車を降りた。

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