第54話 バチ当たり
「あ、暗黒石」
横でダネルがつぶやいた。
「あんこくせき?」
「何もかも吸い込むと言われる石だ。伝説の話だと思ってた。実在するのか」
院長は首をすくめた。
「こりゃ、道具屋に余計なもんを見せたわい」
数珠のネックレスを首にかけなおす。
「わたくし、初めて見ました。生き物が蛇口となっているのを」
ミントワールが、青ざめた顔でおれを見ている。
「もしや、と思うとったが、当たったのう」
そうらしいが、それは珍しいのだろうか?
おれはダネルを見た。ダネルがおれを見返す。
「石に気を取られたがな、おめえ、変わってるぐらいじゃ済まねえぞ。正直に言うぞ、人間かどうかさえ、俺は疑り始めている」
「人間だろう! 証拠にさっき、屁えこいたじゃねえか!」
「バカ、犬も屁はこかあな」
あ、たしかに。
「では、さらに言うとな」
院長が口を開いた。
「火を吐いたのは、犬のほうじゃ。さきほどの話だと、火を出したのは、カカカじゃ」
「はあ? どういうこった?」
ダネルが首をひねった。ミントワール校長が、唇を震わせながら言った。
「お、お互いが、お互いの蛇口になってる!」
言われている意味がわからん。蛇口というのは、要は魔法の杖だろう。相手にかざし「エクスペクトパトローナーム」ってやるやつだ。
そして、おれの魔法の杖はこいつになっている。でもおれは魔法を出した。考えると、一つの結論が出た。
「ええ! おれが、この犬の杖ですか?」
院長がうなずいた。
「それは下級の妖獣じゃ。魔法も使えん。それが、お主という蛇口を手に入れて変異した」
「か、考えられませんわ! 蛇口の変更には、高度な魔法が必要です。これまでに何か蛇口は持ってなかったの?」
「持ってません」
「それも、おかしいですわ。物心ついた時に用意するはずです」
「ミントワール、この男は記憶喪失じゃ。起きたら知らない部屋で寝ていたらしい」
ミントワール校長と、ダネルがいっせいにおれを見た。
「だから脱獄したのか!」
「脱獄?」
ミントワールが聞いた。
「こいつ、憲兵に捕まった時、ふらっと牢屋から出ていくんですよ。んで、また戻るって言って。ほんとに帰って来やがった」
「打首になるわ!」
「俺も、頭がおかしいのかと思いました。これで納得です」
ミントワールがもう一度、おれの前にしゃがんだ。
「その部屋は、あなたの部屋なの?」
「ええ、おそらく。今のところ、おれ以外に帰ってきませんから」
「部屋に蛇口はなかった?」
話を聞きながら、嫌な予感がした。思い当たるフシがあったからだ。
「中身が真っ白の分厚い本、ですかね」
「表紙は古代文字?」
「多分。おれは読めませんが」
「魔導書よ! それは今、どこに?」
「家にあるんですが、その、破ったのを、こいつが食っちゃいました」
おれの上で寝ている黒犬を指す。黒犬が小さくゲップした。
「あれは白紙ではない。自分の会得した魔法が、そこに記されるんじゃ。他の生き物にも与えておらんじゃろうの?」
「与えてはないんですが、その、けっこう破ってしまってます」
「魔導書は一枚も破ってはいかん。その破ったページは今どこに?」
「あー、そのー、どうしても紙がなくて。ケツ拭いちゃいました。なので、捨ててます」
ミントワールは頭を抱えた。
「バチだわ! バチが当たったんだわ!」
ダネルまで青ざめた顔をしている。
「おめえ、怖いもんなしだな」
アドラダワー院長に至っては、怒るのを抑えて唸っていた。
「蛇口は、ひとりに一つしか持てん貴重な物じゃ。もうせんほうが良いぞ」
おれは三人から責められ、何も言えない。
「ミントワールよ、こういう事じゃ。どうじゃろう、特別に教育してくれんか?」
ミントワールは何度もうなずいた。
「ええ。これは教育が必要ですね」
えーと、おじさん、小学校に行きなおせって事かな?
「給食あります?」
「学校に通うという意味ではない。最低の古代文字ぐらい読めるようにならんとの」
「こいつに教育。ラブーにロード・ベルだな」
横でダネルが言った。おい、ダネル、なんとなくでも意味はわかるぞ。
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