第53話 青と赤の炎

「何も持ってないということはなかろう」

「いえ、特に……」


 アドラダワーが珍しくひつこく聞いてくる。


「杖は? または、大地に魔法陣を書くか?」

「何も持ってません」

「ありえませんな」


 魔法学院長が断言した。


「人間が何も媒介がなく、力を取り出せば、即、力によって消滅してしまう。こんな話、付き合いきれませんな。私は何かと忙しいので、これで」


 そう言って、サレンドロナック学院長は帰っていった。


「相変わらず、そっけないのう。ミントワール、やはり、わしら二人で調べるか」


 ミントワール校長がうなずいた。


「カカカよ、昨日、どうやって魔法を出したか、思いだしてくれんか?」

「どうって……」


 おれは包帯だらけの手で、昨日の最後を真似た。


「こうやって、馬の口を掴んでたんです。そしたら、もこもこって来て、ゲロが出そうになって、バーンと」


 アドラダワー院長が、顔をしかめて白いヒゲを掻いた。


「今、出す事はできるか?」


 おれは両手に力を入れてみた。


「ぬぬぬ!」


 院長と校長が、一歩引いた。そしてバフッ! と出た。おれの尻から屁が。


「す、すいません! どうも身体のコントロールが効かなくて」


 ミントワール校長が、そっと二歩下がったのを見た。


「ああっ!」

「なんじゃ? 実も出たか?」

「それで思い出しました。犬に尻を噛まれたんです。その拍子で出ました」


 ミントワールがため息をついた


「やっぱり、サレンドロナックの言う、魔獣のほうの暴発でしょうか」

「ミントワール、あの死骸は見たであろう。あれは暴発ではなく、攻撃による焼け方じゃ」

「院長、あの馬の死骸はどうしたんです?」

「城の魔法局が持って帰った。調べるいうての」


 ミントワール校長が前に来て、目線を合わせるためにしゃがんだ。


「あなたの犬って、あなたの言うこと聞くのかしら?」

「どうでしょう。仲間になってるみたいですが」

「多分できるわ。ちょっと呼んでくれる?」


 ひじょうに乗せるのが上手い人だ。「先生、逆上がり見たいなー」とおだててやらすタイプ。さすが校長。


 でも起きるんだろうか。気持ち良さそうに寝ているが。


「おい、ノラ」


 まったく起きない。


「イヌ、ハチ、ポチ、ジョリー」


 反応なし。そうだ、おれは気を失う前を思い出した。あれは夢か?


「ハウンド」


 黒犬はもっさりと起きて、おれのベッド脇に来た。ぴょんとベッドの上に乗り、おれの足の上に寝る。


「イテテテテ」


 犬の重みで両足が痛い。


「その犬を触りながら、魔法の事を考えてみてくれない?」


 おれは触ろうとしたが、手が包帯だらけだった。


「おお、そうか、少し切るかの」


 院長が腰を浮かしかけたが、身体を曲げ、おでこで触れてみた。でも、魔法って言われてもねえ。


 黒犬がドックドックと脈打つのがわかった。呼吸のたびに肺が膨らむのもわかる。脈が少し早くなった。なんでだ?


 おれは目を閉じた。黒犬の腹の体温が、ひたいに伝わってきて温かい。


 ドックドックと脈打つ音。おれのか犬のか、わからなくなった。


 ふいに闇が濃くなった気がする。その真ん中に小さな灯り。揺れて色が変わる。


 もっとよく見た。色は変わっているのではなかった。二つの燃える玉だ。赤い炎と青い炎がくるくる回っている。


 黒犬がビクッ! と立ち上がった。上を向き、口を開く。


「ガフッ」

 

 その口から炎が吐き出された!


 天井が炎で埋め尽くされる。アドラダワー院長が、首から下げた数珠のネックレスを外した。一つの石を指で挟んで頭上に掲げる。院長が何かをつぶやくと、炎は石の中に消えた。


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