第43話 お見舞い
おれは海を眺めながら考えた。
今回は危ない所だった。本当に死んでても、おかしくない。そして、死んで元の世界に帰れるかは、わからない。
おまけに、この世界に蘇生呪文はない。
これって、このまま勇者を続けてダイジョブなの? 勇者ではなく、村人として平和に暮らすべきじゃない?
ノックの音がした。医師と看護師はノックしないだろう。「どうぞ」と答えた。
誰かと思ったら、先日に依頼を受けた林檎畑のばあさんだ。
「お加減はどうですか」
「おばあさん、よくここがわかりましたね」
「へえ。ギルドにお礼を持っていきましたら、ここだと知らされまして」
そう言って、袋一杯の林檎を横のテーブルに置いた。
「うっわ! ばちくそ旨そう! おばあさん、ありがとう!」
「大げさですねえ。今年はあまり出来がよくないんですが」
ばあさんはそう言うが、おれは何日も果物なんて食べてない。ほんとに喉から手が出そうなほど、輝いて見える。
「うちのじいさんからも、よくお礼を言っといてくれと」
「とんでもない。またいつでも言って下さい。今度は、もっと早く駆けつけます!」
「そう言っていただけると助かります。うちのじいさんも困ったもんで、まわり近所に言うんですよ。ええ勇者さんがおる、みんな、困ったら勇者カカカさんに頼めって」
おれは思わず窓の外を眺めた。おじさんになると涙腺が弱い。なんとか耐えた。
「お大事になさってください」
そう言って、ばあさんは帰っていった。入れ替わりに、アドラダワー院長が入ってくる。
「初等学校の校長に、特別に教えてもらえんか聞いてみたんじゃがの。例外過ぎてダメだと言われてしまったわい」
それは残念! でも、院長はいい人だな。早く借金返さないと。
今、少しばかり余裕がある。帰りに少し払って帰ろうか。
「まあ、しばらくは、ゆっくり療養じゃの」
「入院? 何日ぐらいですか?」
「そうじゃのう。七日ぐらいはかかるじゃろう」
七日! ここの入院は一日300Gだったはずだ。
「あのう、この前の支払い、もうちょっと待ってもらっていいですか?」
院長は笑った。
「取り立てたりはせん。余計な心配はせずに、ゆっくり休む事じゃ」
いやいや、ゆっくりしてたら破産しますって!
「あっ! それより、なんです? あの声の掛け方。びっくりしましたよ」
「おお、お主はロード・ベルを知らなかったようなんでな、最初なんで、格好つけてみた。渋い声じゃったろう?」
まぎらわしい! おれはどっと疲れて、身体を寝かせてもらった。
完治まで七日と言われたが、ばあさんの林檎を毎日食べたからか、五日で治った。
今年はデキが悪いなんて言ってたけど、超絶にうまかった。甘いと言うより酸味や苦味も強くて、野性味がある。元の世界に帰ったら、スーパーの安売りリンゴなんて食えないね。
帰りに1500G払い、おれの手持ちは一気に400Gほどになった。ふりだしに戻る、そんな気分。
退院する日、療養所の入り口に意外な人影があった。
ティアだ。院長が連絡したらしい。今日は学校が早く終わったらしく、学生服だった。
「これこれ、早く連れてって!」
ティアが虫カゴを差しだしてきた。中にチックが入っている。なるほど、おじさんの身体を心配してきたんじゃないのか。おじさん、さみしい。
虫カゴを受け取り、チックを見る。「早く出せ!」と言わんばかりに、ハサミを振り上げた。
チックを虫カゴから出し、胸ポケットに入れる。そうだ。おれは、ふと思いだした。
「ティア、ギルドに行かないか?」
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