第41話 怨霊は強し
「オオオ」
また冷波が押し寄せる。死霊と比べて圧倒的に強い!
こんな強いモンスターがド田舎にいるとは思ってなかった。これ、現実の小豆島に妖怪美術館があったりするから、こっちの世界でも呪われてんじゃないかこの島!
唇に力を振りしぼる。少しだけ動いた!
「ティ、ティア」
口の左側だけでしゃべった。
「なに!」
「リュ、リュックから石を」
がさごそと探る音がした。それでわかったのが、背中の感覚がない。マヒが相当強いのか。
「これ、これね!」
うしろから石をおれに見せた。
「オオオ」
また冷波だ。
「か、隠れて」
ティアがおれの背中に隠れる。
冷波を喰らったのが、まばたきの瞬間だった。おれの右目が半分閉じたところで固まった。口の左端に意識を集中させる。またなんとか動いた。
「そ、それで、チックの回復を」
「これ、これで? どうやるの?」
「も、持って、反、反対の手でチックをさわって」
「無理! 気持ち悪いもん!」
「そ、そこをなんとか」
「死んでもイヤ!」
黒い雲が体を揺らした。頭と腕だけでなく、上半身ができあがってくる。
「は、早く」
ティアがしゃがむ音がした。足元から光の針が飛んだ。黒い雲の胸に刺さる。
「オオオ」
また冷波が来た。右足の感覚がなくなった。
「も、もう一度」
がさごそする音が聞こえる。少しして、光の針が飛ぶ。
今度は頭に刺さった。黒い雲はよろけたように見えたが、再び口を開いた。
「オオオ」
これは無理だ。チックの「ニードル・ブレス」の攻撃力は、おそらく「1」で、こいつの体力は「20」だ。二十個の魔力石は持ってない。
「ティ、ティア」
「なに? なに? もう一回?」
「も、もう一回して、チ、チックが撃ったら、に、逃げて」
「やだ! カカカはどうするの?」
「あ、あとで、逃げる」
「本当? 動けるの? ねえ!」
黒い雲の片手が動いた。こいつ動けるのか!
「は、早く」
ティアが動く音がした。
「オー!」と黒雲が今までにない叫ぶような怒号を発した。
黒い塊が飛んできて、霊廟の上に止まった。黒い鳥、カラスか? いや、目が四つ。仲間呼びやがった!
四つ目のカラスが飛んだ。羽を真横に伸ばし、おれの顔に一直線。まばたきができないおれは、それを見つめた。当たる!
その時、下から黒い物体がすごい速度で上がり、鼻先でカラスとぶつかった! カラスは上空へ吹き飛んだ。眼球だけ動かして、左を見る。
白いパンツ。
純白のそれには、縁取りに赤い糸で刺繍が入っている。右足を頭より高く上げたティアの姿だった。
視界の下に動く影。チックだ。
チックはカサカサと黒い雲に近づく。黒い雲が頭をもたげた。チックを見ている!
「チ、チック、逃げろ」
「オオオ」
怨霊の口が開いた。チックを冷波が襲う。チックは動じる様子もなく前進した。お前、精神系の呪文、まったく平気かよ!
チックの体が、今までになく、ぶるぶるっ! と大きく震える。槍のような長さの細い線がチックから飛び、黒い雲の胸を貫いた!
「オー」と最後の叫びを上げ、怨霊は消えていった。
マヒが少し取れた。おれはその場に倒れ込む。目と口は戻った。だが身体の右半分は、まだ固まったままだ。
チックがカサカサと戻ってくる。その近くに、首があらぬ方向にまわった四つ目カラスの死骸があった。
「カカカ!」
ティアがのぞき込んでくる。
この子、攻撃力20だったよな。さっきのモンスターを一撃で倒せるはずがない。何が起こった?
いや、その前に、マヒがいつまで経っても取れない。これ、やばいな。
「カカカよ。勇者カカカ」
天から声が聞こえた。
まじか。これはゲームオーバーっぽい。死んだら向こうに帰れるのか、帰れないのか。動く左半身が恐怖で震えた。
「カカカ!」
ティアがおれの頭を抱き抱えた。胸に顔が当たる。ほんとにペチャパイだ。おれはティアの目を見た。
「チックを頼む」
ティアがうなずいた。
おれは、ここまでなのか。ここまでだったのか。
風が少し吹いた。
夕凪。
おれの人生の夕凪は今なのか。
「おい、カカカよ、取り込み中かの?」
「アドラダワー院長?」
天からの声はアドラダワー院長に似ている。
「誰からのベル?」
ティアがおれに聞いた。ベル! ロード・ベルの魔法か!
「今晩、良ければ、わしの家で食事でもせんかと思うての」
「院長、それ無理です。おれ、今、死にかけてます」
「ほうか。緊急馬車がいるかのう」
「で、できれば、ありがたいです」
「ほいほい。場所はわかるか?」
アドラダワー院長に場所を伝えると、おれはどっと安心し、目の前が白くなった。あ、これ貧血と一緒だ……
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