第23話 ギルド交渉官

 ガチャッと扉が開き、男が一人入ってきた。


 頭はきっちりと分けられていて、木綿の白いシャツもきれいだ。かなり上の人間だろう。


 男は、おばちゃんの隣に座った。


「勇者カカカ様、でございますね」


 おれはうなずいた。


「私はグレンギースと申します。このギルドで交渉官をしております」

「この間の、爆発の件ですよね」


 お金がない、と先に言ってしまおう。ないものは、ない。


「ああ、あれは、当ギルドの局長が直々に担当しております。局長と相識がおありで?」


 おれは首をふった。局長の知り合いは、アドラダワー院長のほうだろう。


「本日、お手間を取らせましたのは、こちらのご依頼を、お受けいただけないかと」


 うお! 思ってたのと違った!


 おれの冷や汗は何だったんだろう。心配して損した。そう思っていると、グレンギースは三枚の書類を机に出した。


 なんだ、指名の依頼か。いやでも、冒険者として日の浅いおれに何の依頼だろう。


 依頼書に目を落とす。


  依頼内容:死霊退治


 この間のあれか!


「あのー、正直言いますが、おれ、まだ駆け出しですよ」


 グレンギースはうなずいた。


「存じ上げております。しかし、死霊が相手となると、誰も依頼を受けません」

「嘘でしょ。魔法さえ使えれば、簡単ですよ」


 おれの言葉に交渉官は目を見開いた。


「魔法で倒せるのですか!」


 そうか。おれは特技のアナライザー・スコープで相手を知っている。でも普通の人から見ると、死霊は謎が多いモンスターなのか。剣で切っても切れないしな。


「まあ、多分」


 あまり細かく説明しないほうが良さそうだ。適当に、はぐらかしておこう。


「怖くないのですか?」

「ええ、まあ」


 これも適当に答えたが、こっちの人間なら怖いだろう。おれもあっちの世界で出会ったら、オシッコちびる自信がある。


「おれに怖い物など、ねえ」


 ちょっとクリント・イーストウッドを真似て言ってみた。


「さすが、勇者様です」


 グレンギースが感心してる。いけね、冗談になってない。


「わたし、もういいでしょ」


 おばちゃんが立ち上がって言った。


「ああ、マクラフ。ありがとう」


 マクラフ婦人か。名前が解った。一回、アナライザーしたいなぁ。


 いかん、言い方がエロい。妄想を振り払うために首を振った。


 おばちゃんが出ていくと、グレンギースが苦笑した。


「カカカ様も、噂を信じるほうで?」

「噂?」

「ええ。彼女の窓口でしか、依頼を受けておられませんよね」

「それは、たまたまです。その噂、聞いていいですか?」

「依頼はどうされます?」


 おっと、さすが交渉官。なんでも交渉材料にする。


 おれは死霊との戦いを思い出して考えた。特に落とし穴のような問題はないと思う。ただ、攻撃がチック頼みになる、という情けなさはある。


 おれの魔力は0ではないので、先天的に魔法が使えないってわけじゃない。生まれつき魔法が使えないやつは、魔力がゼロのはずだ。このへん、どうにか調べないとな。


 依頼書をもう一度、確認する。死霊、この前のアイツだよな。予想されるモンスターの数も「1」だ。複数来られると、やっかいだ。チックの魔法は一回しか撃てない。おお、報酬、500G!


「がんばってみましょう」


 カネに目がくらんだ、そう思わせないように、涼しげに言ってみた。


「そうですか! ありがとうございます!」

「それで、噂って、なんです?」

「ああ、マクラフですね。彼女の窓口だけ、生還確率が高いんです」

「いくつ?」

「驚異の86%、です」


 残り14%のほうが驚異なんだが、なるほど。幸運の窓口なんだな。


「それにしては、無愛想だな」


 聞いたグレンギースが笑った。いけね。思わずつぶやいてしまった。


「噂を知ってる者が、彼女の窓口ばかり行くので、他の職員より忙しいのです」


 なるほど。本人は望んでないのか。えらい皮肉だな。


 グレンギースは三枚の書類を並べ、判を押そうとした。


「あっ! 待って下さい」


 振り上げたハンコは止まった。


「どうせなら、その噂に乗っかってみます」


 グレンギースは笑うかと思ったが、真剣にうなずいた。


「お気をつけ下さい。また、お会いできるのを楽しみにしております」


 この時、交渉官の仕事の厳しさを垣間見た気がした。依頼を頼み、永遠に帰ってこない人もいるだろう。今までに、何人の出会いと別れがあったのだろうか。


 上品な男に見えて芯は太いのかもしれない。おれは手を差し出し、握手をして別れた。


 おばちゃん、いや、マクラフ婦人の窓口に依頼書を出す。


 うんざりした顔をする婦人。ハンコを三つ、素早く押した。


「あれ? これは複数取っていいんですか?」


 依頼は一つまで、と前に聞いた。


「指名の依頼は、関係ないのよ」


 なるほど。複数取れるなら、いちいちギルドに来る回数も減る。まとめて受けて、まとめて金をもらいに来ればよい。これは便利だ。


「ありがとう!」


 おれは手を降って、カウンターを背にした。


「はいはい。がんばってね」


 ため息まじりの声が聞こえた。


 一つ、わかった事がある。「幸運の女神」と呼ばれる元祖は、ギリシャ神話の「テュケー」や、ローマ神話の「フォルトナ」だ。


 これらの彫刻や絵画が、意外に微笑んでいないのが不思議だったんだが、あれは本当なんだな。


 幸運の女神は不機嫌。これは今後の人生で覚えておこう。

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