第24話 エールを一杯
ギルドをあとにし、街を歩く。
買うべきものは、決まっていた。魔力石だ。
チックが魔法を使ったら、魔力が減る。無制限で使える特殊スキルとは、このへんが違う。減った魔力を回復するには寝るしかない。瞬時に回復させるなら、魔力石だ。
道具屋は武器屋の真裏にあった。
なんだろう、親戚で商売してんだろうか。この区画に武器屋や防具屋と固まってんな。
道具屋は広かった。うちの近所の「よろす屋」の倍はある。薬草や毒消し草は見つけたが魔力石が見あたらない。
カウンターの中年男に聞いてみる。
「魔力石、あります?」
男は背中を向けた。カウンターの後ろに、木製の引き出し棚が設置されてある。その一つから魔力石を出した。
「100Gです」
高え! これは、100G使って死霊を倒し、アメジストで100Gを得るのか。なんともバブリーな戦闘になりそうだ。ギルドの報酬が高くないと、やれる戦法ではないな。
用心のために二個買った。200G払う。これで所持金は、あっというまに107Gだ。
それから、いつものように乗り合い馬車に乗り、家に帰った。
腹が減ったな。スープしか飲んでないから、当たり前か。夕食に何を食べるか、実は、決めている。
出掛ける前に身体と髪を洗った。水は冷たいが季節は初夏だ。我慢すれば慣れてくる。
ふと、この世界に染まってきたなと思った。夕飯を食いに行くだけなのに、装備をしないと不安になる。
剣を腰に下げ、革のブーツを履く。革手袋は腰のベルトに挟んだ。皮の盾は置いていってもいいが、おそらくおれは今、この世界で最弱の冒険者だ。持っていこう。
さて、さっぱりして用意もできた。氷屋に行こう。
「少し久しぶりだな」
氷屋のオヤジはおれを見て、そう言った。
「入院しててね」
「そりゃあ難儀だったな。食べてくかい?」
「もちろん、羊肉パンを二つ」
「おや、二つかい」
今日は二つだろう。食後にさらに氷菓子。この世界で初めて、腹一杯に食ってやる。いや、氷菓子は豆入りにするか。そのぐらい空腹だ。
メニューをちらりと見る。待てよ。メニューにはないが、あれはないのか?
「オヤジさん、ビールある?」
「ビール? エールの事かい?」
ヨーロッパでは、ビールはエールと呼ぶかもしれない。そんな話を何かで読んだ。
「そう、エールを一杯」
「わかった。肉は焼き直すから、少し待っててくれ」
おれはうなずいて、席に座った。
コツッと音がして、陶器のジョッキに入ったエールが置かれた。
「これは退院祝いにしてやるよ」
オヤジが笑って言った。おれは、ジョッキを掲げて礼をした。一口飲む。
「これ、うんめえ!」
ちょっとニヒルを気取ってたのに、思わず声に出した。ビールと味は似ているが、もっと濃厚だ。
「オヤジさん、もらった後に聞くのもあれなんだが、これいくら?」
「エールか? 1Gだが?」
最高だな、この店。
海を見ながらエールを飲んでいると、羊肉パンが来た。かぶりつく。やっぱり旨い。
胸ポケットのチックがガサゴソするので、つまみ出してテーブルに置いた。おれにも寄越せとばかりにハサミを持ち上げる。
肉を小さくちぎってハサミに持たせると、ぽいっと捨てた。
おいおい。パンをちぎって渡す。それも捨てた。
まさかな、と思いながら千切りの葉野菜を持たせた。テーブルの端まで持っていって、器用に食べはじめる。「これはおれのだ、渡さねえぞ」と言わんばかりに。
「嘘だろ、お前、その見た目で草食かよ」
おれの言葉は無視して食事に夢中だ。
羊肉パンを平らげ、空いた皿をカウンターに返した。ついでに、もう一杯エールをもらう。
イスにもたれ、夕焼けに色づいた海を眺めながら、ちびちび飲んだ。
弱い風が吹いて気持ちいい。
こういうの、なんて言うんだっけな。ゆうなぎ、そう、夕凪だ。
「夕凪を楽しむ暮らしができれば、それ以上は、もういい」
そんなセリフを、何かの本で主人公が言っていた記憶がある。
一日の終りに夕凪が訪れるように、人生の終わりにも夕凪は来るのだろうか?
このまま現実の世界に帰れなければ、ここで年を取る事になる。おれの未来はどうなるのか。嵐の中では死にたくない。まあ、その前におれは借金があるけどな。
自分に苦笑いして、エールを飲み干した。チックを胸ポケットに入れて、席を立つ。
「オヤジさん、ごちそうさま」
代金を払い、おれは家路に着いた。
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