第25話 いけ好かない神官

 三件の死霊退治は特に問題なく、こなせた。


 意外だったのが、チックの魔法は思ったより外れる。三体の死霊を退治するのに、五個の魔力石を消費していた。


 これはチックが魔力をたった「1」しか持ってないから。レベルが上がれば解決する問題だとは思う。それにおれの魔法も、そのうち使えるようになるだろう。


 三件目の依頼を終えてギルドに行くと、交渉官から次の依頼が来た。しかも報酬は上がり600Gになっていた。


 いつも通り、交渉官からは依頼書だけ受け取り、マクラフ婦人の窓口に行く。


 男がひとり、先にいたので後ろに並んで待った。


 その男は、後ろからでも職業がわかった。神官か僧侶だ。丸めた頭に、ひきづりそうな長いローブ。そのローブには大仰しい金の刺繍が入っていた。片手には、太い本を抱えている。


 待っていたが、けっこう長い。こっそり距離を詰めて、盗み聞きしてみる。


「ギルドが責任を取らぬのなら、誰が責任を取るのだ?」

「わたしに言われても」


 なんだか、揉めているようだ。


 しばらく盗み聞きして、内容がわかった。依頼人が報酬を払う前に死んでしまったようだ。


 いや、おかしいな。ギルドに依頼する時は、前金のはずだ。


 男が、いらついた口調で言った


「依頼人は、たしかに言ったのだ。追加報酬を払うと」


 なんだよ、口約束かよ。


「あのう」


 声をかけてみた。男がギロッと振り返る。頭は丸めているが、太い眉毛に鋭い目。


「急いでるんで、後にしてもらえませんか? それに、窓口に言っても意味ないと思うんすけど」

「誰に上から物を言っておる」


 男はそう言うと人差し指をくるっと振って、何かを唱えた。


 身体が固まった。


 まじか! いきなりマヒ呪文かけるか?


「ぐぬぬぬ」


 口周りに気合を入れる。口が開いた。


「いきなり、何すんだハゲ!」

「解けたのか?」


 男がおどろいている。こっちは四体連続で死霊と戦ってんだ。マヒには少々慣れた。


 胸ポケットから、チックが肩に上がってきた。ハゲがぎょっとする。チックが体を揺らし始めた。


「チ、チック、撃つなよ」


 この男に攻撃するのはいいが、お前の一撃は100Gなんだ。そう思ったが、男は別の意味に聞こえたようだ。攻撃されると思ったのか、逃げていった。


「ぐぬぬぬ」


 口と手首から下はマヒが取れたが、ここからが中々取れない。マクラフ婦人が何かささやいた。すると、マヒが取れた。これは、状態回復呪文!


「ありがとう」


 おれは礼を言ったが、婦人はいつもと変わらない。書類を出せと、片手を広げた。


 おれは依頼書を出した。婦人がハンコをつく前に一度止まり、おれのほうを見る。何かあるのかと思ったが、何も言わず結局ハンコをついた。



 おれは夕方まで街をぶらつき、ギルドの裏口が見えるベンチに座った。


 あの時、マクラフ婦人は、何か言いかけた気がする。気にしないでいいのかもしれないが、なんせ幸運の女神だ。ちょっと聞いてみたい。それに、いくつか考えられる事もあった。


 マクラフ婦人が裏口から出てきた。おれは小走りに掛けていき、後ろから声をかけた。


「あのう」


 婦人がおれを見ておどろいた。


「ちょっとだけ、話していいですか?」

「お断りします」


 あらま。予想以上の冷たさ。


 ギルドの裏口から、五人ほどの集団が出てきた。こっちに手を振る。婦人も軽く手を振り返した。それから、ため息をついた。


「こっちにいらっしゃい」


 ついて行くと、裏通りにある一軒の食堂に入った。食堂というより、飲み屋だ。エールが入ったジョッキを掲げ、騒いでいる酔っぱらいばかり。


 奥の席に座る。店員が来て、婦人は葡萄酒を頼んだ。おれはエールを注文する。


「で、何?」


 婦人が面倒くさそうに言った。おれはうなずく。


「今日、言いかけた事を、ぜひ聞こうかと思って」

「何でもないわ」

「では、何か思ったんじゃないですか?」


 婦人は、じろっとおれを見た。


「それでいいの? って思っただけよ」

「やっぱり。何十、いや、何百と冒険者を見ているはずです。教えてくれませんか? 何が悪いのかを」


 店員が葡萄酒とエールを持ってきた。


「この一杯を飲む間、ぐらいでいいんです。話していただければ」


 婦人は少し考え、口を開いた。


「もう、外で声をかけないでくれる? あなた、けっこうギルドでは有名だから」


 なるほど。爆破した張本人だからな。


「もちろんそうします。虫が背中に止まってても、見ないふりしますから」

「それは取ってよ」


 婦人が苦笑した。良かった。不機嫌でもジョークは理解するようだ。


「まあ、ある意味、助けてもらったから、いいわ」


 婦人は葡萄酒が入ったグラスを持ち、口を湿らせた。


「最初の依頼を受けて、帰ってくる人は何割だと思う?」

「十人いて、七人ほどですか」

「半分。さらに次、二回目の依頼で、また半分」

「そんなに死ぬんですか!」

「全部が死ぬわけじゃないわ。思っていたのと違った、または無理だと思った。そういうのも多いわね」


 なるほど。やっぱり過酷だなぁ。


「あなたは、その最初を乗り越えた。そして、早々と指名の依頼を受けている。すごい成長。でも偏りすぎてる。それだけよ、思ったのは」

「駆け出しの冒険者は、色々しろと?」

「冒険者は、攻撃力より、経験が大事なの。その積み重ねが生き残る方法を産むの」


 なるほど、おれは目先のカネしか追いかけてない。それは自分でもわかる。


「あなただったら、どういう依頼を取りますか?」

「なるべく、出会ってない新たな敵を。それも弱そうなやつから」


 おれは天井を見上げた。おっしゃる通りだ。


「色々な依頼を組むなら、どこかパーティーに入るべきでしょうか?」

「あなた勇者でしょ? パーティーには入れないわ」


 そうだった。勇者はパーティーを組めるが、自分がよそに加わることはできない。


「組むなら、同じ強さの人と。強い人と組むのに慣れると、どこまでが危険かの勘が働かなくなる。その強い人がいなくなると、死ぬわね」


 考えていたのと逆だ。どうやって強い人と仲間になれるのか? とばかり考えていた。


 しかし、この人、ただのギルドの職員?


「今日、回復魔法を使いましたよね?」

「わたしの事を話すつもりはないわ。初めて会った人に」


 初めて? うーん、こうやって話すのは初めてだから、そうとも言えるけど。


「まあ、そういうこと」


 婦人が立ち上がる。去ろうとして、もう一度、振り返った。


「あなた、ちょっと匂うわよ。女性に会う時は、もっと清潔に」


 そう言い残し、さっと帰って行った。テーブルの上に置かれた葡萄酒は、いくらも減っていない。


 幸運の女神は、今日も不機嫌だ。でも、やっぱり幸運の女神だった。教えてもらった事は、ひどく重要だ。肝に命じよう。


 そして、さらに重要なこと。帰ったら身体を洗おう。


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