第17話 墓掃除
翌朝、ひたいの上が、ひんやり冷たい。
うわ、虫だ! と飛び起きたが、ぽとりと落ちたのはフナッシーだった。
おれ、なんで、この世界で最初の友達がこれなんだろう。なんか悲しくなってきた。
石鹸とハブラシを持って、小川に行く。歯を磨き、顔を洗い、ついでに洗濯をした。なんとも野生児な生活。昨日、家の裏に大きな水瓶と木のバケツを見つけた。夜にはそこで身体を洗おう。
このゲームの設定は、やたらと不便だが、気候だけはいい。ちょうど初夏あたりだ。暑いが、真夏ほどじゃない。
四季はあるのだろうか? だとしたら、ストーブのない冬は、そうとう厳しそうだ。
さて問題は、顔を洗いに来た時もカサカサ動いてつきまとうコイツだ。虫カゴって売っているのだろうか? 街に行ったら探してみよう。
部屋に戻り、リュックから木の兜と布の手袋を取り出す。隠す前に、一度かぶってみよう。
おれの部屋が見えた。時計を見る。
7時36分。
こっちの世界で数日経つのに、向こうは時間が経っていない。やっぱり、この兜を脱ぐと時は止まっている。
兜を脱いだ。街で買った布に兜と手袋をくるみ、ベッドの下に入れる。
今のところ、帰る方法の糸口すら見つからない。それでも意外に焦っていないのは、悲しいかな生活しないといけないからだろう。
腹が減っては戦はできぬ。だが、腹を満たすにはカネがいる。
装備を整え、リュックを背負った。中にいるのはフナッシーだけ。一昨日だったら、300枚の銅貨で、すり潰されていただろう。
なけなしの銅貨や冒険者証はポケットに入れた。
今日の仕事は「墓掃除」だ。ギルドに依頼するほどのことかと思うのだが、初心者のおれにはありがたい。
依頼主の場所は、だいたいわかった。
この「ラスティ・アース」の良さは、土地勘が効く事だ。小豆島みたいな小さい島に住んでいたら、余計に簡単。
二時間ほど乗り合い馬車に揺られ、ここらへんだろうと思う場所で降りた。
家の畑で作業をしてる農夫に聞き、依頼者の家が解った。
「でけえな」
依頼主の家を見て、思わずつぶやいた。かなり大きい石造りの三階建て。屋根は三角屋根だ。
お城とまでは言わないが、建物の前には庭もある。領主の館、そんな雰囲気。
もう一度、依頼書を見てみる。
依頼人:ヨーフォーク三世
名前も金持ちっぽい。
おれは庭を横切り、玄関の前に立つ。
ツヤのある大きな木の扉に、ライオンの口に挟まれた輪っかがあった。
ノックをする。
出てきたのは、脂ぎった中年だ。年は六十前後、体型が太めなだけでなく、髪はポマードのような物で後ろに流している。ロバート・デ・ニーロが悪役をすると、いつもこんな感じだ。
「ギルドの依頼で来ました」
男は片手を出した。依頼書を見せろって事か? おれは、丸めて服の中に入れていた依頼書を出した。
「そこで待て」
扉が閉まった。待っていると、次に若い男が出てきた。服装を見ると執事だろう。
「こちらへどうぞ」
執事はそう言って建物の裏へ案内した。
「あの階段を登っていくと、霊廟がございます」
裏山へ上る階段のようだ。
「お掃除の用具は、あちらに」
指した方を見ると、井戸の脇に木のバケツとブラシがあった。
執事はにっこり笑い、お辞儀して館の中に帰っていった。いいね、この丁寧さ。どこかの窓口とは大違い。
おれはバケツに水を入れ、裏山の階段を上り始めた。
水の入ったバケツは重い。階段を上がっていくと息が切れる。
かなり山の奥まで階段は続いた。
山の中はモンスターが出ないかが不安だったが、一応は「道」だ。何も出ないことを祈ろう。
数日前にデフナッシーとの戦闘で筋肉痛になったが、今日もまた筋肉痛だな。そう確信していると墓に着いた。
執事が霊廟と言った通り、石で造られた小さな家のような墓がある。しばらく掃除してないんだろう。霊廟は薄汚れているし、まわりは枯れ葉だらけだ。
汚れるので装備を外そうかとも思ったが、山の中だ。敵が出たら困るので、つけたまま掃除をすることにしよう。
バケツを置き、ブラシを一度水につけて霊廟に向かって歩きだした。
霊廟の後ろから黒い霧のような物が立ち上がる。
おいおいおい、こういうところでそれって、おだやかじゃねえぜ。
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