第13話 初戦闘を終えて
店に戻ると、テーブルの上にお茶が用意されていた。さきほどオヤジが言っていた、毒消しのお茶だろう。
テーブルに腰掛ける。
「熱いうちに飲みねえ。冷めると苦くなっちまう」
オヤジがカウンターから言う。一口飲んでみた。まずい。そして苦い。これがもっと苦くなるのか。一気に飲んだ。
ティアが濡れタオルと包帯を持ってくる。
「いいよ、後でするから」
「だって、すごい血が出てる」
ティアがおれの左目を指した。
左目の周りを手でぬぐい、その手を見た。ありゃりゃ、ほんとに血だ。ボクシングの試合で見たのと一緒か。まぶたを切ると、すごい血が出る。
ティアに濡れタオルで血を拭ってもらった。きれいになった所で薬草を塗り、包帯を巻かれる。
包帯で巻くってことは、薬草を塗れば瞬時に治るってもんでもないんだな。こりゃ回復魔法は必須だな。
思うんだけど、すごいリアルなゲームって、すごい面倒だ。
「依頼書はあるかい?」
オヤジが聞いてきた。リュックの中だ。
出してオヤジに渡そうと立ち上がり、右足がマヒしていたので転びそうになった。
「いいって、いいって。座ってな」
オヤジは厨房から出ておれのテーブルに来ると、依頼書にサインした。なるほど、サインを貰わないといけないんだな、達成の証に。
「毒が抜けるまで、しばらく、のんびりしていきなよ」
オヤジはそう言って厨房に戻った。
治療を終えたティアが、皿にサンドイッチのような物を乗せて持ってきた。
「なんだこれ?」
「サービスよ。羊肉のパン包み」
羊肉? 店内のメニューを見た。ほんとだ、羊肉のパン包みってある。3G、安っ。
インドのナンみたいなパンに、羊肉の薄切りと、葉野菜の千切りが詰めてある。
旨かった。昨日も、これにすれば良かった。おれってほんとに見てねえな。
ふと、気になったことがある。カウンターのオヤジに聞くことにした。
「毒消し茶とか、薬草とか、いつも持ってるんですか?」
「そりゃ、あぜ道や畑で妖獣に出くわすことも多いから」
「なるほど、それなら、今日のヤツなんか自分で退治したほうが、早いんじゃありませんか?」
おれはしくじったが、ハチの駆除みたいなもんだ。きちんと準備すれば、村人でも簡単に倒せる気がする。
「そりゃ無理だ。冒険者じゃねえから」
オヤジの言葉の意味が解らなかったが、詳しく聞いて理解した。モンスターを退治できるのは、冒険者だけだった。襲われて正当防衛ならいい。
これは現実の世界でいうと狩猟許可みたいなもんか。許可を持ってないと猪や熊といった動物を殺せない、あれと同じ。
このゲームって、なかなか面倒なシステムが多いな。
イスの背もたれに後頭部を乗せて、ちょっと目を閉じる。
「あたしも早く冒険者になってみたいなー」
「バカ言え、冒険者ってのは大変なんだ。魔法も、からっきしのくせに」
目を閉じたまま、二人の会話を聞いた。
「どっかのパーティーに入るもん」
「浅え。考えが。どこのパーティーに入るかで、生死が決まるようなもんだ。まあ、カカカさんとこなら大丈夫かもしれんが」
自分の名前が出て、ちょっとおどろいた。目を閉じたまま返事をする。
「自分の足に棍棒を振り下ろすようなバカですよ。お気遣い無用です。まだ駆け出しなんで」
「へへ。そんな物は経験が上がれば大丈夫。なんつっても、カカカさんはいい人だ。勇者はそうでなきゃ」
オヤジは笑った。これは、間違いなく慰めてくれている。これ、AIにできる事なんだろうか?
「僕を慰めて」と会話ができるAIに話しかけたとする。単純に「がんばって!」と言うかもしれない。または「チョコレートはどうでしょう?」と通販でチョコを買わそうとするかも。
でも、これはAという問いに対してBという答えだろう。
今のオヤジは、ぶざまな戦いをしたのを気遣って、言ってくれている。ぶざまな戦いだったとは、おれは一言も言っていない。落ち込んでいるとも言っていない。
前から薄々思っていた事だが、この世界の住人はAIなのか?
おれは頭を振った。あまり難しいことを考えるのは、やめよう。足の麻痺が取れてきたようだ。目を開け、立ちあがってみる。大丈夫だ。
「オヤジさん、帰るよ。ごちそうさま」
「こちらこそ。世話になったな」
ティアに手を振り、氷屋を後にした。
家に着くとベッドに倒れ込んで、そのまま目を閉じた。
今日は疲れた。寝よう。
それにしても、親子の会話を聞いていたからか、一人の部屋って静かだ。
「孤独だなー、これ」
ぼそっと、独り言をつぶやいてみた。
そして何をするでもなく天井を見つめ、やがて深い眠りに落ちた。
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