第2話 ゲームスタート

 家に着くと22時45分。


 ゲーム開始は24時。まだ大丈夫。一時間以上ある。二階にある自分の部屋に駆け上がった。


 ヴァーチャルキットの箱を開ける。PCへの接続を始めた。一ヶ月前に説明書は送られてきている。今さら見なくても接続できた。接続してPCの電源を入れる。


 あとはソフトのインストールだ。このソフトのインストールが思いのほか進まない。全世界のテストプレーヤーが、いまダウンロードしているからかもしれない。


 イライラしながら待った。まったくもってダウンロードが終わらない。


 まだか。時計を見た。23時55分! たのむ、早くしてくれ!


 終わった!


 あわててマウントディプレイをかぶる。何も見えない。なんでだ?


 ああ! まえうしろが逆か!


 かぶりなおす。目の前にカウントダウンの文字。おっしゃ!


 カウントダウンは今、48。


 ああ、忘れてた! グローブだ。両手に画面操作をするためのパワーグローブがいる。ディスプレイを一度脱いだ。グローブを装着して、もう一度かぶる。


 あと8! あぶねえ!


 3、2、1!


「ボワーン!」


 耳元で銅鑼が叩かれたような音がした。ゲームタイトルが地平線の向こうからやってくる。


 ゲームのスタートはどうやるんだっけか。そうだ、両手のグローブを強く握れば良かったはずだ。


 グローブを握った。


「痛ってえ!」


 マウントディスプレイをかぶった頭から、ケツの穴まで、全身に電気が走ったような痛みがあった。画面が、だんだん明るくなってくる。おお、ついにフィールド画面が来るか!


 ……明るくなった。


 ん? 明るくなったが、映っているのは、おれの部屋だ。


 右を向いてみる。おれの本棚だ。ちなみに、右下に広辞苑の外箱があるが、中身はエロいブルーレイだ。


 左を見る。おれのベッド。


 まじか壊れたな。マウントディスプレイ搭載のカメラ映像が出ているだけだ。さきほどの漏電みたいなショック、あれで壊れたんだろう。


「カズマサ、早くせんと仕事遅れるよ!」

「お、おう!」


 ふいを突かれて、びっくりした。オカンか。


 そう、おれの名は「小野和正」だ。「小田和正」と名前が似ているので、おじさん世代からは絶対ツッコまれる。


 スナックに行けば、ママさんから「東京ラブストーリー歌って!」とせがまれる。知らんし。トレンディ世代じゃないんだから。そして期待を裏切って悪いが、ものすごい音痴だ。


 いやいや、それより、朝? おれは窓の外を見た。ほんとだ明るい。


 壁の時計を見る。7時35分だ。


 これ、ひょっとして、さっきの電気ショックで気を失ってたのか。そんなことあるかな?


 マウントディスプレイを外した。すごい目がぼやける。八時間ぐらいゲームをやった後みたいだ。


 コンタクトを外そう。グローブを脱ぎ、目を大きく開いた。


 あれ? コンタクトがない。裸眼だ。


 目をぐるぐるしてみたが、どこかに入り込んでる様子もない。落ちたかな。おれは顔を上げた。


 あれ? 机に、PCが無い。右の本棚を見た。本棚はある。けど、並んだ本の背表紙には、見たこともない文字が書かれていた。


 ……これは、おれの部屋じゃない。


 ベッドと机、本棚の配置は似ているが、床なんて石だ。いやいや、それ以上に天井なんて、あれはワラ? 茅葺かやぶきの家かよ。


 動こうとしたら、足元に何か当たった。見ると木の兜だ。ヨーロッパの騎士がかぶるような、すっぽり顔まで入るヘルメットのような物。その隣には革製の手袋。


 持ち上げて中を見た。ちかちか光ったスクリーンパネルが内側にある。なんだこれ。かぶってスクリーンを見てみた。


 パソコン机に右に本棚。広辞苑もある。ああ、おれの部屋だ。なるほど! なんてことはない。さきほどの部屋はゲームの世界か。


 安心してディスプレイを脱いだ。


 ……いや、待って。


 おれ、今、ディスプレイを「脱いだ」よね。なんでこっちがゲームの世界なわけ?


 とりあえず座った。もう一度、木の兜をかぶる。自分の部屋が見えた。


 木の兜を脱ぐ。この部屋。


 向こうがこっちで、こっちが向こう?

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