第一章

第1話 残業してる場合じゃねえ

 今日だけは、早く帰りたかった。


 会社の時計をちらっと見る。


 21時か。やばいな。24時から外せない用事がある。


「ラスティ・アース」というゲームのテストプレーヤーに選ばれた。全世界で限定千人。その試作機が今日届いた。開始が24時ぴったり。


 24時にゲームを始めるには、どうすればいいか。この会社を出て家まで30分かかる。でも、クロネコの集配所に寄って荷物を受け取りたい。つまり家まで30分だが、もうプラス30分かかると見ていい。


 それから家に着いても、準備がある。まず荷物を開封。マウント・ディスプレイをPCにつなぐ。それから設定。これに一時間はかかるだろう。


 24時にゲームをスタートさせるには、最悪22時には会社を出たい。そのタイムリミットまで、あと一時間というわけか。


 ちなみに、そのテストプレーヤーに選ばれた「ラスティ・アース」というゲームとは、MMORPGだ。ゲームをしない人にとっては「なんだそりゃ?」って単語。ネットを使った多人数参加型のRPG。


 おじいちゃん世代の人に説明する時は「ドラクエのゲーム内に他人も歩いてる感じだよ」って言えば、結構わかってもらえる。


びた地球」って意味の「ラスティ・アース」も何? って話だが、中世風のロールプレイングゲームだ。


「なんだ、ゲームか」という感想は、さきほど上司からいただいた。


 そうなんだけど、この通信型RPGは今までと、ちょっと違う。元になる世界データがグーグル・アースやグーグル・マップだ。


 グーグルのサーバーにある膨大なデータをAIが読み込み、中世の世界にアレンジ! という前代未聞の大規模なフィールドがウリである。


 開発は日本、アメリカ、フランス、ドイツの大手ゲームメーカーが集結。「最終最後のMMO」というのが宣伝文句。いかん、それより、あと30分で残業を終わらせるぞ!



 ……猛烈に急いだが、けっきょく、一時間かかってしまった。


 駐車場で三階建ての社屋をしみじみ振り返る。


 しがない広告会社だ。しがない分、薄利多売。残業は当たり前になっていた。ため息を付き、車に乗り込む。


 クロネコの集配所に車を飛ばした。


 集配所に着いて事務所に駆け込む。スマホの不在者票を見せて、荷物を受け取った。


 家までの途中にコンビニをいくつか通りすぎたが、がまんした。ここで晩飯を買っていたら遅くなる。とりあえずスタートして、ちょっと遊んでからでもいいだろう。


 ゲームスタートのカウントダウンを全世界の人と共有したい。


 大急ぎで帰るぞ!

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