『あるいは最後の晩餐』について

 私、一番されたくない殺害方法が毒殺なんです。

 現状、カクヨムの自作☆TOP3のうち2作で毒入り料理を扱ってる人間が何言ってんだ、と思われるかもしれませんが、何せ食道楽なもので。

 食事というのは本来、生きるために必要不可欠な行為です。

 その生きるための行為によって、その真逆の殺害をするということ自体が、禁忌だなと思うわけですよ。

 何より人生最後に口にする食事が、毒のせいで美味しくなかったりしたら、もう最悪です。

 どちらかというと、後者の理由の方が大きいです。

 最後の食事なのに、美味しくない料理を食べないといけないなんて! と思うとゾッとします。

 そういう考えから端を発して書いたのが、先日、草食ったさん(@kusakuitai)主催の自主企画『草食アングラ森小説賞』に参加した『あるいは最後の晩餐』https://kakuyomu.jp/works/16816452220663897654です。


 アンダーグラウンドをお題とした自主企画で、あまり馴染みがないテーマだったもので、色々悩みました。

 最初は『最後の晩餐』というタイトルで、遺体を料理にして提供する専門店で、亡くなった妻の遺体を食べる夫の話を書いていました。

 しかしまあ、筆が進まない。人肉の味やら人肉食の文化やらを調べてみたのですが、あまり味に関する詳細が出てこなかったんですよね。

 テレビの番組で自分の太腿の肉を手術で切り取って人肉の味の検証実験をしたイギリス人の話は出てきたのですが、それも結局、自分の肉とはいえ人肉を食べると法律違反になってしまうということで、焼いた匂いを抽出して分析し、その分析した匂いをもとに豚肉やラム肉などを調合して食べるという実験だったので、直接は食べていなかったのです。

 味のイメージが持てないものを書くのが難しかったのと、妻の死因を病死にしたら体内に残った薬の影響をどうしよう、とリアリティ面の部分を色々考えてその設定で書くのは止めました。

 妻の生まれ歳のシャンパンやら、フルコースの代表的なメニューやら、生ハムの作り方やら、色々と調べたので、また何か機会があったときにネタとして使いたいと思います。


 そこで、方向を切り替えて、濡れ衣を着せられたヤクザに拷問官が毒入り料理を選ばせる話にしました。

 常々思っていた『美味しくない料理が最後の晩餐になるなんて嫌だ』という考えから、『毒の味まで含めて完璧に美味しい状況になっていたら毒殺も悪くないのでは?』という発想の転換を主軸に据えて話を作りました。

 毒を含めて美味しい味になっていたら、私は毒殺されることに対する抵抗が大分減ります。死なない身体だったら、フグの内臓を生で食べてみたいタイプの人間です。


 さて、以前カクヨムに上げた『鈴蘭記念日』の元となる話を大学時代に書いた時に、植物毒について調べたのですが、その際、毒草の代表格トリカブトが、これもまた有名毒の代表格フグ毒と効果を打ち消し合う事を利用した時間差のトリックを使った保険金殺人事件の例を見つけまして、大変興味深く思っていたのです。

 このネタで2皿食べると助かる設定にしようと決め、ストーリーを構成したところ、まあ筆が進む進む!

 フグ毒は食べた時に痺れる感じがするというのはフィクションにもよく出てくる有名な話(もしかしたらミステリ好きの偏見かもしれませんが)なので、入れるなら麻婆豆腐だなとすぐに料理が決まりました。

 フグ毒は遅効性なので、食べた時の体験談が結構残っているのが面白いところです。

 一方、フグ毒に比べて死ぬまでの時間が短いトリカブトの味がなかなか見つからず、トリカブトの毒と同じ成分を含む別の植物を口に入れてみた人の話を元に、その成分は痛いほどの刺激があるということを調べ、唐辛子の辛さの強い料理にしようと決めました。

 世の中、辛い料理は色々とありますが、ある程度、知名度もないと読む人の負担になると思い、トムヤムクンにしました。

 残りの3皿も、これまで読んだり見たりしたミステリの知識を総動員して青酸カリとヒ素とエチレングリコールと毒物を決めてから、メニューを決定しました。

 青酸カリも毒殺事件には頻出で、『アーモンド臭がする』と有名ですが(これはさすがにミステリ好きの偏見ではないと思います)、この『アーモンド臭』は名前を聞いてイメージする香ばしい香りではなく、アーモンドをローストする前の酸っぱい匂いだというのは意外とマイナーな知識ではないでしょうか。

 『アーモンドの匂いなのにフルーツポンチ?』と思った方もいるかもしれませんが、そういう理由からフルーツポンチにしたのだとご承知おきいただければと思います。

 本当はもっと料理の味を全力で書きたかったのですが、死ぬかもしれない状況で悠長に食レポしてる場合じゃねえなと思いとどまり、でも2日何も食べてないから多少は許して……!と思いつつ、加減に気を遣って書きました。

 

 また今回、主催者特効を狙って拷問官・馬酔木あしびの容姿を黒髪長髪にしたのですが、無事刺さっていたようで何よりでした。

 ちなみに、『馬酔木』も毒のある植物の名前で、それを食べた馬が酔ったように足が覚束なくなることからその漢字が当てられているそうです。

 飄々としつつも相手にダメージを与える彼にちょうどいい名前だと思って命名しました。


 講評で、草さんから『私はミステリが好きなのですが、完全にその味わいでした。』と評して頂けたのも嬉しかったです。

 金田一少年の事件簿や名探偵コナンがゴールデンタイムに放映され、青い鳥文庫の二大人気作が夢水清志郎シリーズとパスワードシリーズだった(異論は認めます)時代に子供時代を過ごしていたせいで、ミステリ好きに成長した人間なので、ミステリに分類してもらえて大変嬉しかったです。

 鬼島の結論ありきで書いたので、謎解き感が出ているかドキドキしていたのですが、ミステリの雰囲気を感じて頂けたようでほっとしました。

 なんにせよ、設定だけ見るとアングラなのに、内容がグルメミステリーという訳の分からない感じの作品を読んで講評してくださった評議員の皆さん、またTwitter等でご感想を下さった皆さん、本当にありがとうございました。


 今回の話を書くにあたって調べ物をして、人肉の味の実験にせよ、トリカブトの毒と同じ成分を含む植物を口にしてみた人にせよ、世の中には身体を張った実験をしてみる人がいるものだ……と呆れるような感慨深いような気持ちがしました。

 私もそういうチャレンジ精神を持って、作品を書いていこうと思います。

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