『マンドラゴラは恋に効く』について

 昨年、「作りたい女と食べたい女」という漫画を読んで衝撃を受けたのですが、料理好きの主人公が『自分は食べなくてもいいからこういう料理を作りたい』というような考えを持っていたのです。

 びっくりしました。自分で食べないのに作りたいの!? という衝撃が走りました。

 私は完全に、料理を作るより食べることに比重を置いています。食べたいから作るのです。そしてそれまで、料理を作るのが好きな人は皆、食べることが好きなのだと思っていました。漫画のキャラクターなので極端な例かもしれませんが、『そうか、世の中には食べることより料理を作る行為自体が好きな人もいるのか……』と目から鱗が落ちた思いでした。


 大学に進学の際に上京して独り暮らしを始めた当初は、自分は料理好きだと思っていました。お菓子を作ったり、レシピ集を買ってあれこれ作ってみたりするのがとても楽しかったので。

 ところが就職して時間に余裕がなくなってくると、途端に作るのが億劫になったのです。繁忙期は週に7食くらいコンビニ弁当が当り前の状況があり、作ったとしても新しいものには挑戦せず、簡単に作れるものだけで適当に……という感じでした。

 そこで初めて、私は作ることが好きなのではなく、食べたいものを作りたかっただけなのだと気づいたのです。

 料理好きには料理を作るのが好きな人と、作った料理を食べるのが好きな人が居る、という気付きを得て、私はどう考えても食べるのが好きなタイプだと認識したのでした。


 さて、昨年末、狐さん(@fox_0829)主催の『第一回きつねマンドラゴラ小説賞』に提出した『マンドラゴラは恋に効く』(https://kakuyomu.jp/works/1177354055390908105)は、そのような気付きを得たうえで、食べることを全面に出した短編です。

 『鈴蘭記念日』でも多少ご飯は出てきたのですが、がっつり料理メインのグルメ小説は、カクヨム投稿作では、これが初めてです。

 これを書く前に、本物川小説大賞でかなり厳しい講評をいただき、小手先の技術にこだわるのではなく、好きなものを全面に押し出した方がいいなと思ったので、とにかくこの作品には自分が好きなものをめいっぱい詰め込みました。

 マンドラゴラをテーマにした作品の自主企画ということだったので、マンドラゴラは根菜だな! という安易な考えから、いかに美味しくマンドラゴラを食べられるかを思案して書きました。


 現代を舞台にしたので、マンドラゴラについては、生産地ではよく食べるけど、あまり流通していない地方ではほとんど食べない珍しい野菜扱いにしました。イメージとしてはホヤくらいの珍しさです。(ちなみに私は九州出身でホヤを食べたことがありません)

 また、名前的にヨーロッパ原産なので緯度の高い寒い地域の方が生産しやすいだろう、と考えて東北を名産地にし、冬が旬という設定にしました。「おでん始めました」くらいのノリで「マンドラゴラはじめました」と店先に貼ってあったら風情があるなと思ったのです。

 そして、私自身が一晩でうっかり日本酒の4合瓶を1本空けてしまうような飲兵衛なので、絶対、居酒屋を舞台にして美味しいお酒と一緒にマンドラゴラを食べようと思い、お酒に合いそうな調理法をチョイス。

 お通しは白和えかな、ビールには揚げ物を合わせたいし、冬に煮物は欠かせないよね、マンドラゴラの酵母で日本酒自体も作れるかもしれない、と食欲のままに大体の方針が決まったところで細かい設定をさらに練ります。

 マンドラゴラを色々な料理にしようと思った時に、同じ味ばかりだと味気ないため、せっかく身体のような形もしているので部位によって味や香りが違うことにしました。

 薬草から食用に品種改良を重ねたイメージの食材なので、香りは薬味っぽさがあるといいなと思い、葉や頭の方がセリのような香りで苦みがあり、下の方が生姜のような香りで甘味があることにしました。

 あと完全な偏見なのですが、マンドラゴラはなんとなく粘りがありそう、と思ったので大根と蓮根を足して2で割ったような食感のイメージで調理しました。

 また、実在しない食材なので好き放題設定を盛り込もうと思い、本来は干し椎茸などに含まれる旨味成分のグアニル酸を含むことにしました。美味しいものを美味しそうに書くには理屈が必要なのです。

 苦みのある部分はピーマンの肉詰めと同じ要領でお肉と一緒にして挟み揚げにするといいかも、甘みの強い部分は醤油ベースで煮物にしよう、せっかく葉付きで描かれることが多いから、お通しは葉の食感をいかして白和えにしよう、と決めたら、後はもう食欲に任せて書くだけです。

 見た目! 味! 香り! 食感! 音! みたいなノリで描写しまくったら出来上がり。

 美味しいものを書くことがメインだったので、恋模様は揚げ物につけたスダチくらいの添え物です。

 なくてもいいけど、あった方が締まるよね、という気持ちでラブコメ要素も入れました。


 ありがたいことに、評議員賞の『謎の肉球賞』を頂きました。富士普楽さんありがとうございました! グルメ系マンドラゴラ小説に個人賞を出そうと考えていらっしゃったそうで、なんとちょうど良かったこと! と思うことでした。

 また、Twitterのご感想でも沢山の方から飯テロ認定を受け、美味しそうに思っていただけたことが嬉しかったです。

 講評でも料理のリアリティを褒めていただけて、食べるのが好きなことがこんなところで活きてくるとは……! と、感慨深く思うことでした。

 とはいえ、料理にばかり頼りきりにならないようにバランスはとっていきたいと思います。

 




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