番外編

真夜中は、朝日の隣を

ちゃん! おはよ」


 小さい頃から、ずっと好きだった。

 アタシの名前を呼ぶぽわぽわした声も、朝日のように明るくて優しい笑顔も……あさの全てが、好き。






「真夜ねぇさんは健気っスね~」

 ファミレスの窓側席……アタシの正面に座っている女子高生・もり セイラは心底、感動したようにそんなことを言う。

 セイラはお父さんの弟さんの娘……つまりアタシの従妹いとこである。


「……そんないいものじゃないわよ。臆病で、卑怯なだけ」

 アタシはセイラの言葉を受けて、ため息混じりにそんなコトバを返す。この子はアタシのどこを見て、そう思ったのか……全く分からない。


「いやいや、どこがっスか!? 幼い頃から想いを寄せてるヒトの隣で、静かに見守っていただけなんて……健気のナニモノでもないっス! 本当に憶病で、卑怯な人間は相手の弱みに付け込むものっスよ!」

 セイラはデザートの苺パフェを食べていた手を止めて、熱の篭った瞳を向けてくる。いつもナゼかアタシを過大評価してくれる、少し変わってるけど、真っ直ぐで優しい子だ。


「臆病で卑怯だから、何も言わずに隣にいるなのよ。今だってそう。朝陽が上京するって言うからアタシもついてきて、隣の部屋に住んでる……まぁ流石に勤務先は違うけど。何もしてあげられない、何もできない癖に、ズルズルとただ、朝陽の傍に居続けてる。あと一歩を踏み出せないのに、誰にも朝陽の隣を取られたくなくて……必死に自分の居場所を守っているだけなのよ……」

 そんなことを言っている内に、だんだん自分が情けなくなってくる。

 けれど、もう朝陽の“心”の一番にはなれないから……アタシに残された道は、朝陽の隣を守ることだけ。すごく悔しいけど、朝陽の心の一番近くにいるのは間違いなく、なしはなさんだから……情けなくても、そんな自分を受け入れるしかないのだ。


「う〜ん……ジブンにはしょーじき、分からないっス……仮に、真夜ねぇさんの言ってることが事実だとしても、それの何がダメなのか、分からないっスよ……そこまで、自分を下げるようなことなんスか?」

 セイラに悲しそうな瞳を向けられて、アタシは少し困った。どうも昔からアタシは、セイラのこの顔に弱いらしい。


「……なんていうか……“弱い自分を認めた方が楽だ”と、思ったのよ。いつまでも前に進めなかったアタシはどうせ勝てない。だったら、トコトン負けを認めてしまった方が楽だって、そう思ったの。誰かに事実を言われるのが怖いから、先に予防線を張っておくの。そしたら誰にも指摘されない。ね? こんなやつ、臆病で卑怯でしょ」

「勝てないってなんスか? 華さんと何のしょーをしてるんスか? そもそも華さんは真夜ねぇさんのこと、敵視してないっスよ!」

「そりゃあ、向こうはアタシのこと、知らないし……」

「華さんが、真夜ねぇさんのことを知らないのは知ってるッス! だから意味が分からないんスよ〜」

 混乱したように頭を抱えるセイラがなんだかオカしくて、アタシは思わず吹き出してしまう。そんなアタシに、「笑い事じゃないっスよ!」と、セイラは食ってかかる。


「ごめん。なんだかセイラが少し可愛くて……でも、そうね……もっと分かりやすく伝えるなら……悔しいけど、なしさんには絶対、かなわないってことよ……大切な家族を失う苦しみと孤独を知らないアタシには、本当の意味で、朝陽に寄り添うことなんて出来なかったから……朝陽がアタシのことを、また見てくれるようになったきっかけも、なしさんだったし……どう足掻いても、彼女にはかなわないのよ。ずっと傍にいた訳じゃないのに、なしさんは歌で、朝陽の心を救った、一番の理解者になれた。そんな相手に、勝てる訳がない。だから……憶病で、卑怯な人間になるしかなかったのよ」

 セイラは口を開けたまま、アタシの話を最後まで聞いてくれた後、ゆっくり首を傾げて唸った。

「なんか、ますます分からなくなってきたっス。それに……それでも、あの二人の間に、恋愛感情はない……っスよね?」

「そうね。確かに、“恋”はないけど……とてつもなく大きな“愛”はある、でしょ? 朝陽は説明するまでもないし……なしさんだって、曲のほとんどに、朝陽への愛を詰め込んでいるじゃない。ま、本人は自覚してなさそうだけど」

「でもでも……あの二人はこの先もきっと、触れ合うどころか、歌手とそのファン以上の関係にすらならないっスよ。話す機会があったとしても、せいぜいサイン会とか、SNS上くらいっスよ?」

「精神的な強い絆があるなら触れ合いそんなもの、必要ないでしょ。もし、二人がお互い以外のヒトと付き合ったりしたとしても……そのパートナーですらきっと、いつまで経っても彼女達の“心”の一番にはなれないでしょうね」

「まじっスか⋯⋯」

「マジよ。ホント、悔しい話だけどね」

 アタシの言葉にしばらく唖然としていたセイラは、アイスが溶けかけているパフェをおもむろに、モソモソ食べ始める。本人に言ったら怒られそうだから口にはしないけど、その姿が小動物みたいで可愛く思えた。


「……ねぇ、セイラはなしさんと話したことあるのよね? 彼女、普段はどんな感じなの?」

 セイラの両親は、なしさんがよくステージに立っている、ライブハウス『ステラ』のオーナーである。だからセイラが、なしさんと何度か話したことがあるのは知っていた。それでも今まで、なしさんの話を聞く勇気はなかったから……こんな質問をするのは初めてだ。

 セイラも、アタシがなしさんのことを聞いてくるとは思っていなかったようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「……急になんスか?」

「んー? なんとなく……彼女のこと、少しくらいは知りたくなっただけ」

「と言われても、あんまり個人的なことは言えないっスけど……すごく優しい人ってことは確かス! あと、最近はよく笑ってくれるようになったので、それがウレシイっス!」

「そっか……それなら、良かった」

 “優しい人”の部分なのか、“よく笑ってくれるようになった”の部分なのかは自分でも分からない。ただ、セイラの話を聞いて、漠然と“良かった”と思ったのだ。






 パフェを食べ終えたセイラを家まで送り届けてから、アタシは帰宅した。

「あ、真夜ちゃんも今帰りなんだね。おかえり」

「ただいま。朝陽も、おかえり。仕事、お疲れ様」

「うん、ありがと。それから、ただいま」

 アパートの廊下で、同じく帰宅したばかりの朝陽とばったり会い、挨拶を交わす。

「真夜ちゃんは今日、セイラちゃんとご飯食べに行ったんだよね?」

「うん。今日は叔父さんと叔母さんがいつもより、帰るのが遅くなりそうって聞いて……何も予定なかったし、一緒にご飯食べてたの」

「そっか……だったら、お腹いっぱいだよね?」

 朝陽はさり気なくコンビニの袋を後ろに隠してから、そう問いかけてくる。

 恐らく、お酒とおつまみを買い過ぎたのだろう。


「そんなに買い込んで……仕事で嫌なことでもあった?」

「へ……いや、大したことはないんだけどね」

「……ウチ来なよ。美味しいワインもあるし、簡単に何か作るから一緒に飲も」

「え……いいの?」

「なにエンリョしてんのよ? ほら、早く」

「うん。真夜ちゃん、ありがと」


 アタシの言葉に、朝陽は明るい表情で、ふんわり包み込むような笑顔を返してくれる。


 あぁ、やっぱり……傍でこの笑顔を見れるだけで、幸せだな。あれだけ卑屈になって、負けただなんだと弱音を吐いていたことを、忘れさせてくれる力が、朝陽の笑顔にはある。


 この笑顔を、隣で見ていられるだけで、いいじゃないか。

 どんなに臆病で、卑怯な人間でもいい。心の一番になれなくても、そんな自分を受け入れて、図々しく隣に居座り続けてやる。


 アタシは、朝陽の“隣”を、誰にも譲る気はない。




 真夜中は、朝日の隣を【完】

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