第6話 朝日に唄う
勢いで家出をしたものの、
母との関係は……当然、改善されてはいない。あたしに“悪い意味”でも興味を示すことはなくなり、母の中ではどうやら娘は
物語みたいに、全てがそう上手くはいかない。けれど、あたしも母に大した感情を抱いていなかったようで、むしろ無関心になってくれたことにホッとしている。
冷たいと思われるかもしれないけど、あたしにとってお姉ちゃんだけが世界の全てだったから……今は歌と、『朝の太陽』さんもいてくれるから、それで十分過ぎるくらいだ。
それから三ヵ月後……一月某日。
約束を果たすため、『朝の太陽』さんにダイレクトメッセージを送った。
本格的に活動を再開するのは今年の三月末頃……高校を卒業してからだ。
生前、お姉ちゃんが活動拠点としていた、東京の“ステラ”というライブハウスでアルバイトをしながら、ステージに立たせてもらえることになった。都心から離れた場所で一人暮らしをしながら、音楽活動ともう一つアルバイトを掛け持ちする予定だ。
ステラのオーナーさんに、『朝の太陽』さんの話をすると、ライブ配信をしてもらえることになった。家出した時も含め、オーナーさんにはたくさん助けてもらって、頭が上がらない。
削除した動画は改めて、ワンチューブに順次、投稿していこうと思っている。
それらの話を長くならないよう簡潔に、『朝の太陽』さんに説明した後、長い間、待たせてしまったことを謝罪した。
『華さん、こんばんは。朝の太陽です。
メッセージありがとうございます。
また、華さんの歌を聴けることがすごくうれしいです。
配信もありがとうございます。学生の間は毎週、ライブハウスに足を運ぶことはできませんが、必ず定期的に東京までライブを見に行きます。
再び、ワンチューブで華さんの曲を毎日、聴けるようになるのもうれしいです。
本格的な活動の再開を、心から楽しみに待っています』
そのメッセージに、目頭が熱くなった。『朝の太陽』さんの言葉は、文字からでも温かさを感じられる。
また『朝の太陽』さんに歌を聴いてもらえることが、本当に嬉しい。
それから月日は流れ……あたしはたくさんの人達の助けを借りながら、念願のインディーズアルバムを発売することができた。
今日はその記念ライブを、ライブハウス“ステラ”で、行うことになっている。
本番前はいつも緊張していて、ずっとギターに触れていないと落ち着かない。お客さんが増えることは有難いけど、その分、期待に応えなければならないといったプレッシャーに押し潰されそうにもなる。
「⋯⋯さん、華さん! 大丈夫っスか?」
ギターを抱きしめてぎゅっと目を閉じていると、誰かに声をかけられる。
目を開くと、スタッフTシャツを着た髪の短い女の子が、あたしの顔を心配そうに覗き込んでいた。
彼女は、“ステラ”のオーナーさんの娘・
出会った頃は中学生だった彼女も、今は高校生になり、時々こうやってご両親の仕事の手伝いをしている。
「心配かけてごめんね。大丈夫、いつも通り、ちょっと緊張してるだけだから」
「それならいいんスけど⋯⋯そろそろ開演するので、スタンバイお願いします」
「はい。本日も、よろしくお願いします」
セイラちゃんに見送られ、あたしはステージに立つ。さっきは“ちょっと”なんて強がってみたけど、この時が一番緊張する。心臓がバクバクと煩い。
けれど、ステージ上から『朝の太陽』さんを見つけると、スッと緊張が解けていく。『朝の太陽』さんはいつも控え目に、端の方で曲を聴いてくれていて、ふわふわした笑顔がとても可愛らしくて、癒される。
初めて会った時に感じた危うさは完全に消え去り、朝日のような印象のみが残っている。大人っぽさも増していて、不意に目が合うと、心臓が高鳴り、じんわりと顔が熱くなった。
あたしが希望の唄を歌えるようになったみたいに、『朝の太陽』さんにも何か変化があったようだ。よく一緒に、ライブを見に来てくれている
こんなことを言ったら、自惚れかもしれないけど……あたしの唄も、ほんの僅かでもいいから、『朝の太陽』さんにいい影響を与えられていたら嬉しいな……。
例えそうでなくても、あたしのしたいことは変わらない。
ただ、これからも、大好きな
朝日に唄う【完】
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