第5話 朝日に歌を
とにかく曲を作ろうと思った。今、抱いてる気持ちを、曲にしたいと。
“一筋の
次の日、『朝の太陽』というHNの人が、ワンチューブのチャンネル登録と、ツイーターをフォローしてくれた。
タイミング的にあの
その五日後に、出来上がった曲を投稿した。それから、『朝の太陽』さんの反応が気になって、思わず彼女のツイーターアカウントを見にいってしまう。
『
曲に込めた想いが、全て伝わっていることに驚くと同時に、胸が高鳴る。ドキドキしながら他のツイートも見てみると、全ての曲の解釈が合っていて、何とも言えない嬉しさが込み上げてきた。
第二と第四 金曜日の夕方になると、あたしは路上ライブをしに、あの駅へと向かう。すると、あの朝日のような女性が、必ず見に来てくれた。
どんな時でも、『朝の太陽』さんが話しかけてくることはない。ただ、静かに、穏やかな顔で曲を聴いてくれていて、歌い終わる度に拍手をくれる。だからあたしも、特に話しかけることはなく、拍手にお辞儀で答えた。
『朝の太陽』さんが、あたしを見つけてくれた日から徐々に、さまざまな変化があった。路上ライブをしていると、立ち止まって聴いてくれる人が現れるようになり、ワンチューブに投稿した曲の再生回数もどんどん伸びていく。いろんな人が、曲の感想をくれる。中には心無いコメントもあったけど、好意的なメッセージをくれる人達や、『朝の太陽』さんのおかげで、悲しい気持ちにはならなかった。
冬の訪れを感じ始めた頃。
路上ライブが終わった直後に、ライブハウスのオーナーさんから、「うちで歌ってみない?」と声をかけてもらえた。
ライバルであり、同じ夢を追う仲間でもある人達と一緒のステージに立つことに、最初は緊張したけど、『朝の太陽』さんが必ず見に来てくれているから安心して歌える。もう、何も不安になることはない。『朝の太陽』さんがいる限り、あたしは歌い続けられる。
そう、思っていたのに──
「アンタ、お母さんに黙って、音楽活動なんかしてたのね」
浮かれていたのだと思う。いつもならイヤホンをしていても、そっと開け閉めされる玄関のドアの音に、気がついていたのに……浮かれていて、完全に油断していた所為で、仕事に行った母が忘れ物を取りに帰ってきたことに、気づけなかった。
母の瞳には憎悪しか宿っておらず、話を聞いてもらえないことを悟る。バレたら終わってしまうと、分かっていた筈なのに……これは完全に自分のミスだ。
「アンタの姉はね、音楽なんかやってたから死んだのよ。あの
「違う! そんなんじゃない! あたしはただ……」
「うるさい!! こんなものがあるから……こんなものがあるからいけないのよ!!」
「やめっ……」
母にギターを取り上げられ、突き飛ばされる。
縋るようにすぐ手を伸ばしたけど、ギターは母の手によって床に叩きつけられ、壊れてしまった。
「なんで……それは、お姉ちゃんの……」
お姉ちゃんの、大切な
「携帯とパソコンを見せなさい。最近の子はネットに音楽をあげてるんでしょ? 職場の子がそう言ってたわ。データも全部消すからパスワードを教えなさい。大体、アンタに音楽なんて──」
母が何かを言っているけど、体も口も動かない。
壊れたギターをただ見つめていたら、頬をはたかれ、また怒鳴られた。そこに、帰宅したばかりのおばあちゃんが駆け寄ってきて、母と何か言い合っている。
多分、おばあちゃんはあたしを庇ってくれているんだと思う。けれど、壊れたギターを見れば見る程、もう何もかも、どうでもよくなってくる。
私はパソコンを起動すると、ワンチューブに投稿していた動画を一つずつ消していく。
最後の一つになった時、『朝の太陽』さんの顔が、頭の中でチラついた。だけど、もうどうにもならないと自分に言い聞かせて、“完全に削除”ボタンを押してから、パソコンの画面を母に見せる。
「これでいいんでしょ……」
言う通りにしたのに、あたしの態度が気に入らなかったのか、母がまた激昂する。そんな母をおばあちゃんは、強引にあたしの部屋から連れ出してくれた。
「……ごめんね、お姉ちゃん」
壊れたギターを目の前に、あたしはお姉ちゃんに謝ることしかできなかった。
ギターを壊され、音楽活動を禁止されてから、半年以上が経過した。
完全に夢を諦められたのかと聞かれたら、答えは“いいえ”だ。
歌詞をノートに書いてみたり、『朝の太陽』さんのツイーターアカウントのアイコンを眺めてみたりと、未練がましいことばかりしている。それなのに、情けない話だが、母に逆らって音楽を続ける勇気が出ない。また、大切なモノを壊されるのが怖いのだ。
その一方で、また『
いろんな感情が渦巻いて、自分でもどうすればいいのか分からない。
それに……もうこんなに時間が経ってしまったら、あたしのことなんて忘れてしまっているのではないかという不安もある。もう、あたしの歌なんて聴いてくれないのではないかと、卑屈にもなってしまう。
それでも、あたしは……
「叶うことなら、
暗い部屋の中で呟いた言葉は、誰にも届くことなく、溶けていく。ニコニコしている太陽のアイコンを撫でている自分が女々しく思えて、嫌になる。
いっそのこと、母にまだバレていない、このツイーターアカウントも消してしまおうか。そうすれば、完全に未練を断ち切れるかもしれない……。
そう思った瞬間、ダイレクトメッセージが届いた。
送り主は……『朝の太陽』さんだ。
直接、メッセージを送ってくることはなかったから驚いて、思わず通知をタップしてしまう。そして、目に飛び込んできたメッセージに固まる。
『こんばんは。朝の太陽と申します。
突然、メッセージを送ってごめんなさい。
私は、駅前で初めて華さんの歌を聴いてからずっと、あなたのことが大好きです。
華さんのおかげで救われました。
まずはお礼を言わせてください。
華さん、ありがとうございます。
もし叶うのなら、華さんの歌をもう一度、聴きたいです。
迷惑だったらごめんなさい。
例え、二度と華さんの歌を聴くことができなくても、私はあなたの幸せを願っています』
「……こんなメッセージ、受け取っちゃったら……諦めきれないよ……」
スマホを胸に抱いて、深呼吸する。歌を届けたい相手が、“もう一度、聴きたい”と言ってくれているのに、何を
横になり、じっと天井を眺めていると、何かが落ちたのか、不意に押し入れの中から物音がした。恐る恐る押し入れを開けてみると、奥の方に隠していた筈のお姉ちゃんのノートが、開いた状態で落ちている。
一番最後のページまでノートを開いたことはなかったから気づかなかったが、小さく何か文字が書かれていた。
『アタシの人生はアタシだけのもの。だから好きに生きようと思う』
これは、お姉ちゃんの決意表明なのだろうか?
もしかして、お姉ちゃんが背中を押してくれてる? あたしは、好きに生きてもいいのかな?
そんなあり得ない考えが、浮かんでは、消える。
『──例え、二度と華さんの歌を聴くことができなくても、私はあなたの幸せを願っています』
今度は、『朝の太陽』さんのメッセージが、頭の中を駆け巡る。今のあたしの幸せは……
「あたしの人生があたしだけのものなら……好きに生きてもいいのなら……あたしのやることは一つしかない、よね」
大好きな二人に背中を押してもらったのに、ここで逃げてしまったら、きっと後悔する。後悔するくらいなら、強引にでも前に進んだ方がいいに決まってる。
自分の足で前に進もうと決意した次の日。
あたしは楽器屋さんに行って、コバルトブルーのギターを買った。
ギターを持って家に帰ると直ぐに、正面から母と向き合った。予想してた通り、激怒する母から「そんなに歌いたいなら家を出ていけ!」と言われる。“アンタにはそんなこと出来ないだろう”と、口角を歪めながら。
そんなこと言われなくても、元よりそのつもりだったあたしは、祖父母の制止を振り切って家を出た。
必要最低限の荷物をまとめていたキャリーバッグとギターを手に、昨夜、予約していた東京行きの夜行バスに飛び乗る。
それからバスの中で、『朝の太陽』さんに自分の今の想いを送った。そして、“絶対にまた歌うので、もう少しだけ待っていてください”とも、伝える。
勢いだけで行動するなんて、自分らしくないとは思う。けれど、“あたしらしく、好きに生きる”ための行動だから……後悔はない。
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