第3話 花に焦がれる

「あのさ……なしさんのこと、諦めるのはまだ早いんじゃない? 今は何か理由があって、活動を休んでいるだけで……もしかしたら、いつかは活動を再開するかもしれないでしょ? だからもう少しだけ、なしさんを信じて、待っていてもいいんじゃない?」


 大学からの帰り道の途中。

 真夜ちゃんは慎重に言葉を選んでいるのか、ゆっくりと語りかけるように、励ましの言葉をくれる。


 華さんが動画を削除して、ライブを行わなくなってから半年以上経つが、未だに戻ってくる気配はない。多分もう二度と、ネット上やライブハウスに、姿を現すことはないのだと思う。

 どれだけ願っても、失ったものを取り戻すことはできない。希望は持たない方がいいのは分かっている。

 分かっていても、希望を捨てきれないことを見透かされたような言葉に、私は内心ドキリとする。

「そう、だね……うん、もう少しだけ、待ってみる」

「……そういえばさ、ツブヤイッターのアカウントだけは、まだ残ってるんでしょ? だったら一度、なしさんに、DM……ダイレクトメッセージを送ってみたら?」

 歯切れの悪い返事をしたら、真夜ちゃんは少し何かを考えた後に、そんな提案をしてくれた。

「メッセージ……でも、そんなことしたら迷惑じゃ……」

「迷惑になる可能性もあるけど……何もやらずに待ってるよりは、行動を起こした方が、何かしらの変化があるかもしれないでしょ。それに……誰かの言葉が、力になることだってあるんだから」

 不安は残るけど、真夜ちゃんの言うことも、一理あると思った。

 私の言葉が、華さんの力になるかは分からない。けれど、真夜ちゃんの言う通り、何もしないよりは、何か行動すべきだと思う。だから勇気を振り絞って、私は華さんにメッセージを送ることにした。


『こんばんは。朝の太陽と申します。

突然、メッセージを送ってごめんなさい。

私は、駅前で初めて華さんの歌を聴いてからずっと、あなたのことが大好きです。

華さんのおかげで救われました。

まずはお礼を言わせてください。

華さん、ありがとうございます。


もし叶うのなら、華さんの歌をもう一度、聴きたいです。

迷惑だったらごめんなさい。

例え、二度と華さんの歌を聴くことができなくても、私はあなたの幸せを願っています』


 伝えたいこと全部を詰め込んで、送信ボタンを押した。

 自己満足で、一方的かもしれないけど、想いを伝えられたからか、少しだけ気持ちが軽くなった。

 これでもう、きちんと前を向いて歩いてゆける。






 次の日の夜、華さんから返事がきた。

 予想もしていなかったことに驚きながらも、恐る恐るツブヤイッターのDMを開く。


『こんばんは。朝の太陽さん、メッセージありがとうございます。

去年の夏に、○✕駅で声をかけて下さった方ですよね?

こちらこそ、あの時、立ち止まって歌を聴いてくれて、あたしを見つけてくれて、ありがとうございます。

何も報告せずに突然、活動休止して、ごめんなさい。

いろいろあって、今すぐにとはいきませんが、絶対にまた歌います。

なので、もう少しだけ待っていてください。

よろしくお願いします。

具体的なことが決まり次第、またメッセージを送ります。

なし はな


「よかった……」

 最後まで読んで、私は胸を撫で下ろした。

 諦めなくてもいい。信じて待っていてもいいんだ……。


 華さん本人の言葉に安心して、うれしくて、涙が止まらなかった。






 それから三ヵ月後……年が明けて、数日が経過した頃。

 華さんからメッセージが届いた。


『朝の太陽さん、こんばんは。

今年の三月末頃から、本格的に活動を再開することが決まりました。

ただ、諸事情により、これからは東京の“ステラ”というライブハウスで歌います。

だけど、そのライブハウスのオーナーさんが配信をしてくれるそうなので、もし良ければ見てください。

削除した動画の方は、今日からまたワンチューブに順次、投稿していきます。

長い間、お待たせして、すみませんでした。

また、歌を聴いて下さると、うれしいです。

なし はな


 華さんからのメッセージがうれしくて、思わず携帯をぎゅっと抱きしめる。

 また華さんの歌が聴ける、華さんの歌う姿が見れることが、本当にうれしい。











 それから月日は流れ、私は大学を卒業して、社会人になった。現在は、東京のCDショップで、店員として働いている。


 今日は華さんの、初めてのインディーズアルバムの発売記念ライブだ。

 どれだけお客さんが増えても、舞台に立つ華さんは堂々としていて、カッコよくて、とても素敵だ。

 少し大人っぽくなり、アコースティックギターはコバルトブルーに色が変わって、表情はとても穏やかだ。歌も、希望に満ちた、明るい曲調が増えた。

 それでも歌声は変わらず、華さんの全てが、私の心を温かくしてくれる。



 華さん……これからも、大好きなあなたの曲を、ずっと聴いていたいです。




 花に焦がれる【完】

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