2月 バレンタインデー・ショック
こんなタイトルをつけてますが、
「○○ちゃんがチョコレートくれなかった!」とか、
「✕✕先輩に手作りチョコをあげようとしたら受けとってくれなかった!」とか、そんな浮いた話ではありません。
そっち方面で面白いエピソードとか切ない思い出とかは、まあ、猫村にはあんま無いんすよ。
数年前のバレンタインデーの出来事です。
夕方、家に帰ってくると、うちの前にある駐車場に、ラッピングされた小さな箱が落ちていました。
おそらく配送のトラックが、ほかの荷物をおろしたときに落としてしまったんでしょう。
そのままにしていたら、車に踏まれちゃいそうな場所です。カラスにつつかれるかもしれない。
そう思い拾ってみると、某大手運送会社の配送票が貼ってありました。
差出人は、女性名。
宛先は、同じ名字の男性名。
これはたぶん、奥様がご主人のために、高級なチョコレートか何かをお取り寄せしたのでしょうね。何しろ今日はバレンタインデーです。世間ではそういう習わしがあるのです。それくらい猫村でも知ってます。
住所は割と近くだったのですが、わたしが直接持っていくのは、ちょっとどうかと思いました。
知らない人がピンポン鳴らして「これ、落ちてましたよ」なんてね。普通の荷物ならともかく、せっかくのバレンタインのプレゼントがそれでは、ケチがついたみたいで気の毒です。
その運送会社の営業所が市の郊外にあるのは知ってたので、まず電話して事情を話してみました。
電話に出た女性は、
「はあ、そうですか」
みたいな反応でした。
「どうしましょうか、そちらに持っていきましょうか」とたずねると、
「ええ、そうですね。はあ」
訝しげというか、迷惑そう。なんかクレーマーになったような気分です。
でも持っていきましたよ。営業所まで、寒い中、わざわざ。十分ぐらいとは言え。
だって運送会社のためじゃないですから。どこかのご夫婦のためだから。
ひょっとしたら、夫婦げんかで破局の危機で、これが仲直りの最後のチャンス、なんて事情がないとも限らないし。
営業所にいたのは女性がひとりで、カウンターまで出て来もしないで、奥の方に座ったままでした。
「あのう、さっき電話したものですけど」
「はい」
「あの、荷物が落ちてたっていう……」
「はい、聞いてます」
「えと、どうしたらいいですか。カウンターに置いといたらいいですか」
「はい、そうですね」
なんか面倒くさいのが来た、って顔に書いてある気がしました。
「……じゃあ、ここに置いときますね」
「はい」
「あの……なんか、書いたりしなくていいんですか、住所とか……」
「いいです」
「……はい、じゃあ……」
「はい」
それで終わりでした。
ドアを開けて外に出てから、ひどく情けない気分になりました。
けっきょく「ありがとうございました」も「すみません」も「どうも」も無かった。
むかつく。
しかしそれよりも、なんだか情けない。
なにもさ、別にさ、涙を流して感謝してほしいわけじゃないですよ。
土下座してほしいのでもないし、お茶やお菓子を出してほしいのでもないですよ。でもね。
運送会社の対応がどうであれ、同じ街のどこかの家に、プレゼントを待っている幸せなご夫婦がいるのだとしたら、正しいことをしたのだとは思います。
ひょっとしたら、ご主人は余命半年で、今年が最後のバレンタインなのかもしれないんだし……。
でもね。愛のバレンタインデーに、あの態度はないよね。
今がどんな時代で、ここがどんな社会なのか、わたしにはあまりよく分かりませんが、できれば人間らしくありたいし、人間らしく扱われたいものです。
それは猫村がバカなんだ、世間知らずだ、お人よしだ、甘ちゃんなんだと言うあなた。
偽善だとか、感謝されたい心根が透けて見えて嫌らしいとか、エッセイでいい人アピールしているとか言うあなた。
そんなあなたには、本当なら、チョコを食べるたびに歯が激痛に見舞われる呪いをかけてやるところなんですが、今日だけは許してやるよ。
バレンタインだからな。
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