1月 ぐるぐるぐる回れ、回れ

 ぐるぐるぐるぐる、輪を描いて、部屋の中を走った。

 立ちどまっちゃだめだ。

 足をとめちゃいけない。


 どこかのオフィスビルの中らしい、窓のない部屋だった。机も、いすもない。ただ壁のすみには、縦置き型の大きなエアコンがあって、ぐーんぐーんと音を立てて動いている。


 そんな部屋の中を、ぐるぐる走る。幼いわたしは回る。回り続けなくちゃならない。


 いつまで? 分からない。たぶんいつまでも。


 部屋の真ん中には、ビニールシートのような大きな布が、くしゃっと広げられている。その周りを、走って走って、ぐるぐるぐるぐる、回り続ける。

 とまっちゃいけない。こわいのが出てくる。布の下から、こわいのが見てる。


 布は何か、大きなものの上にかぶせられている。見えないけど、それがどんなものか、わたしは知っている。

 やわらかい、大きなもの。ぬめぬめしたもの。足がたくさんある、くろっぽいもの。

 走り続けないと、足がとまったら、きっとそいつは布の下から出てくる。


 とまっちゃいけない。足をとめちゃだめだ。

 ぐるぐるぐるぐる走っていると、一瞬、布と床のすき間から、ひとつの目がわたしを見た。


 人間と同じ瞳だった。



    ◆ ◆ ◆ 


 9月の『横長の夜の窓』でも、幼い頃の曖昧な記憶について書きましたが、こちらもとても古い記憶で、たぶんわたしの頭の中でいちばん古い層にあるもののひとつです。小学校低学年くらいの頃にはもうすでに、とても古い記憶として認識していました(という記憶がある)。

 夢だったのかな? と、そのころからもう思っていました。これが現実の記憶とはとても思えませんもんね。


 夢というのは、目覚めた直後に忘れてしまうこともあれば、十年以上ずっと覚えていることもあったりするものです。夢と現実がはっきりと区別できなかった幼いころに見た夢が、夢か現実か区別できない記憶として残るのも自然なことかもしれません。


 ただ、オフィスビルの一室らしい部屋とか、縦置き型のエアコンとかいったイメージは、小さな子どもの夢にしてはちょっと不思議な気がします。

 2、3歳のころに、そんな部屋、見たことあったのかなあ。


 あるいは、もしかしたら、現実に体験した何らかの出来事が、子どもの空想や年月によって歪められた形で記憶に残った、という可能性もあるのかも。だとして、この記憶の原型になったのが、いったいどんな出来事だったのか、見当もつかないけれど……。


 あれはどこだったんだろう。

 あの布の下のタコみたいなやつは何だったんだろう。

 お父さんとお母さんはどこにいたんだろう。

 布の下の薄暗いところでこっちを見ていた、人間みたいな目。今思い出してもどきっとします。


 そしてエアコンの音。ぐーんぐーん。

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