第14話

 次の日、ぼくは犬吠埼のようすを確かめるために、彼女の家まで足を運んだ。


 インターホンを押しても、反応がなかった。

 鍵がかかっている。

 出かけているとは考えられない。昨日の状態を考慮すると、外出意欲が起きるとは思えないからだ。単純に眠っているのか、それとも居留守をしているのか。


 これで出なかったら今日はもう帰ろうと、最後にもう一度押してみる。

 すると、ややあって、インターホンのマイクからノイズが聞こえた。


「犬吠埼?」

 返答はない。


「淀町くん」

 間をおいて、声がした。


「ああ。様子を見にきたよ。差し入れで、コンビニで飲み物とご飯買ってきたから、自炊してないんだったら、一緒に食べかいかな」

 また、拍がある。

「わたし、大丈夫になったよ」

「え?」


「もう、大丈夫、これからも、生きていけるから。心配しなくても、立ち直れたから」

 突然の展開に、少々戸惑う。


「それはよかった。とりあえず、上がってもいいかな」

「いま、ちょうどお風呂に入っていたところなの。全身ずぶ濡れだし、裸だから、今はちょっと都合が悪いの」


「じゃあ。上がるまでここで待ってるよ」

「わたし長風呂がから、待たせるのは申し訳ないわ。また、今度でもいいかしら」

 明らかに、なにか含みのある言葉だった。


 ぼくに会いたくないのか、姿を見られたくないのか。

 それもそうか。いくら彼女の吸血鬼状態解消に立ち会ったとはいえ、ぼくと犬吠埼の関係は、一朝一夕のものでしかない。あのケガに対する彼女の心的ショックは計り知れない。いまは、他人に姿を見られるだけでもつらいのかもしれない。


 そうか、もう少し、時間を置かないとだめか。

 様子は今後も見に来るとして、彼女が外に出れるようになるまでには、さらに時間を要するかもしれない。


「そうか、わかったよ」

 ぼくは引き下がることにする。

「差し入れは、ドアノブにひっかけておくね」

「ありがとう。淀町くん。ほんとうに」

「ああ。また来るよ」





 もどかしさを抱えながら、ぼくは帰宅した。

 部屋に戻ると、よもぎの姿はなかった。あいつにもあいつの生活がある。よそで何をしているのか詳しく聞いたことはないけれど、おおよそ、縄張りの巡回に行ったのだろう。


 神さまもそうだけれど、怪異には勢力圏がある。ときには、ほかの怪異と土地争いをすることもある。自分のテリトリーを監視する意味で、巡回は必要な仕事だ。

 しばらく学校の宿題やらなんやらをこなしていると、日が沈んだころ、よもぎは帰ってきた。玄関から入ればいいものの、彼女にとっての出入り口は常に二階の窓ガラスだった。


「よくない話が入ってきた」

「ん。どうしたのさ」

「昨日の夜、帰宅途中のサラリーマンが道で倒れていたのが見つかったらしい」

「へえ。物騒な世の中になったもんだね」


「問題なのは、その原因が、重度の貧血によるものだということだ」

「……」

「あのわがまま娘、また吸血鬼に逆戻りだ」

「……! いや、でも、そんなことって……」

 ぼくは思考を巡らせる。


「そうか……。ありえるのか」


 犬吠埼の強い暗示を取り除くことで、ぼくは彼女を昼の世界に連れ戻した。じゃあ、その逆のことをすれば、また元に戻ることになる。

 あいつは、人間を襲って、その血をありったけ飲むことによって、再び吸血鬼になったというのか。本来の姿を強く否定することで、望んだ姿に。


「くそっ」

 こんなに早く、ことが進むなんて。

「今すぐ犬吠埼のところへ行かないと」

「待って」

 よもぎがぼくの裾を掴んで、顔を見上げた。


「わたしの情報網によると、そいつ、相当な霊力がある。血を吸いすぎてる。強敵だと思った方がいいよ」

 そう言われて、犬吠埼に初めて出会った夜のことを思い出す。吸血鬼状態の犬吠埼は、かなりの力を有していた。吸血鬼に戻った反動を考えれば、常人では太刀打ちできないだろう。サラリーマンを拘束できるほどのパワーを想定しないと。


「わかった。ありがとう」

 ぼくはすぐさま、暗い夜の街に駆け出した。

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