第5話

「吸血鬼に、してもらった?」


「うん。言い忘れていてごめんなさいだけど、わたしはもともと、望んで吸血鬼にしてもらったのよ」

「そんな。どうして」


「吸血鬼はきれいだから。美しく、なりたかったから」

「はあ? それだけの理由で……」


「わたしにとってはそれだけで十分だったのよ」

「でも、そうだとしても、そうかんたんに吸血鬼が現れて噛みついてくれるのか」


「なにも偶然ってわけでもなかったわ。吸血鬼に会うために、あらゆる手段と尽くした。吸血鬼は血液の代わりにトマトジュースや赤ワインを飲むことがあると知ったから、町中にそれを置いて回ったわ。知らないひとのお墓とか、お地蔵さまや神社のお供え物、それから電信柱の根元とかに」

「迷惑すぎるだろ!」


「それだけじゃ足りないと思ったから、自分の血液も使った。リストカットをして、片手を血塗れにして、鉄のにおいを漂わせながら夜な夜な人気のないことを徘徊したわ」

「吸血鬼並みに恐ろしいだろ、それ」

 おまけに、危険すぎやしないか。

 それほどまでに、彼女にとって、吸血鬼になるという言ことは大切だったのだろうか。


「食事にも気を使った。ニンニクが嫌いと聞いていたから、にんにくを使った料理は食べないことにしていた。どうしても食べたいときには我慢できなくて食べてしまったけど、食後には噛むブレスケアを20粒くらいかみ砕いたわ。でも、そしたらとても気持ちが悪くなったから、次からは10つぶくらいに控えたわ」

「なんか、吸血鬼のこと舐めてかかってないか」


「そしてある日、いつものように真夜中の暗闇を血塗れで徘徊していると、ひとりの女の子がいたの。その子はわたしよりも年下に見えた。瞳はくりくりと大きくて、銀髪が光に跳ね返って輝いていた。肌は傷ひとつなく、白い肌はこれ以上ないくらいに透明感があった。その子はお地蔵様にお供えしていた紙パックのトマトジュースを片手に、ちゅーちゅーとストローを吸っていた」

 その吸血鬼、すっげー間抜けに思えるんだが。


「瞳は赤く、唇から牙が覗いていた。すぐにわかったわ。この子は吸血鬼だって。それで、話しかけたの。あなたは吸血鬼さんですかって。それで、彼女は口を開いた。そうだよ。ぷんぷんとエッ血なにおいを漂わせていたのはあなた? と。その吸血鬼は、わたしの血の匂いとトマトジュースに釣られてここまでやってきたみたい。それでわたしは、あるお願いをした」


「わたしを吸血鬼にしてください」


「そして、わたしは首筋を噛まれて以降、彼女と同じく吸血鬼になった」

「なるほどね」 


 美を追求して、吸血鬼という空想に願ったのか。神社の神様にお願いをするのと同じように、彼女は吸血鬼に願ったのだ。吸血鬼がかった美しさを手に入れるために、なりたいと望んだ。


「じぶんでなりたいと願いつつも、いざなったらもとに戻りたいだなんて、ずいぶんとわがままが過ぎるね」

「自分でもそれは自覚してる。でも、太陽を浴びれないことが、こんなにつらいことだなんて、思ってもみなかった」


 ぼくは話を聞きながら、彼女の自宅のベッドに寄りかかりながら床に座って、机の上のお菓子をほおばっていた。


 ここで、いったん状況を整理したい。


 彼女は美しくなりたかった。女の子がきれいになりたいと願うことは、そう不思議なことではない。彼女は吸血鬼のえさを町中にばらまき、罠を張って、吸血鬼を捜索した。そして作戦成功。吸血鬼に遭遇。眷属にしてもらった。それ以降、吸血鬼として、日光を浴びれない生活を送っている。でも、1年以上が経過して、もうそろそろ、日光を浴びたくなってきた。そんなときに、いつものように人間の血液を求めて夜を飛び回っていると、女装した僕に出会った。


 なるほど。


 もっと細かく述べると、彼女が吸血鬼に出会ったのは高校一年生の8月のことだった。それから一年半の期間、彼女は暗闇でひっそりと生活している。詳しい事情は知らないが、彼女は一人暮らしをしている。このマンションの一室は彼女の部屋で、ここから学校に通っていたらしい。


 つまるところ、1年半にわたる不登校か。


 この場合、引きこもりとはちょっと違うか。彼女はよなよな徘徊しているわけだし。


「また学校に通えるようになりたい」


 悲痛な思いだった。美しさと引き換えに、日常生活を失ったわけだ。そうおうの対価だと言える。神様は与えるだけの存在ではない。奪いもする。二面性を持っている。これはいわば取引だった。人間生活を失う代わりに、吸血鬼としての美しさを得ることができる。これを割に合うか合わないかは、本人次第の感覚だ。ちなみに僕は、わりにあうとは思えない。なぜなら、彼女の姿から想像して、きっと、吸血鬼になるまえから美しかったに決まっているからだ。 


 つまり彼女は、いままで以上の美しさを望んだ、というわけか?


「いちどなってしまったものを元通りにするだなんて、かなり難しいだろうね」


 すぐさま、解決法を導き出すことは困難だった。吸血鬼を治す方法。はてさて。


 どうしたものか。


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