第6話
犬吠埼は吸血を必要としている。話によると、吸血鬼には吸血衝動があって、定期的に摂取しないともうどうしようもないらしい。ある時、彼女は人を襲わないように、吸血をしないように言い聞かせて我慢をし続けた時があったらしい。だが、その結果は、いつも通りに人を襲うよりももっと悪いことになった。気絶させてしまうくらいの血液量を吸い取ってしまったらしい。そこに自制心はいなかった。それ以降、本能の自分が出てしまわないように、代用品でごまかしたりしながら日々を過ごしていたらしい。
「とにかく、わたしは引きこもざるを得なくなった。学校にはいけなくなったけど、まあ自学で同い年の子が受けているくらいの学力はキープしてきたわ」
それを加味すると、犬吠埼は決して非行少女というわけでもないようだ。ただ、心の底から、吸血鬼のような美しさを獲得したかったのだろう。
「はじめのうちは、十分満足だったわ。吸血鬼になれたらそれでよかったから。外には出られなくなったのは、対価として甘受した。いままで外出が多かったわたしの人生を考えると、これは一種の好機とも言えたから、とにかく引きこもり生活を満喫することにした。」
「それの成果が、この部屋ってわけだ」
ここには、大量の小説、映画のDVD、漫画などのエンターテイメントが並べられている。ジャンルもさまざま。SF、ファンタジー、恋愛、ミステリー、アクション。
「そうだ。おすすめのものを紹介してあげましょうか」
嬉々として、犬吠埼は棚を漁りだす。
「それは大変ありがたい……」
本棚を全体を見渡してみると、ある一画に専用のコーナーができていた。そこに詰め込まれているのは、吸血鬼ものだ。ドラキュラなどの古典的なものから、ブレイド、ヴァンパイアなど古今東西の作品が集っている。
「ああそれ」
犬吠埼が気づいて言う。
「吸血鬼になる前からもっていたものもあるのだけど、半分以上はなってから、もっといえば、人間に戻りたいと思うようになってから集めたものよ」
「それでなにか成果はあったか」
「いいえとくには」
「そりゃフィクションを見て治療法が分かったら苦はないわな」
そもそも、発想が単純すぎるんだよ。治す方法が乗っているわけないだろ。
「インターネットも調べてみたけれど、いくら『吸血鬼 治し方』と検索しても、ゲームの話しか出てこなかったわ」
「現実で吸血鬼を治したいを考えている奴なんてひとりしかいないだろうな」
「まったく腹立たしいわ。なによ、スカイリムなんて知らないわ」
「そのゲームで吸血鬼が取り扱われていなくても、求めていた検索結果は得られなかっただろうけどな」
「気になってプレイしてみたら、吸血鬼を治すには、サブクエストをしろって言われたわ」
「フィクションに解決方法を求めるのはそれで懲りたか」
「ええ」
「ところで」
遊び半分に、話題を提供することにした。
「吸血鬼の吸血行為って、性行為のメタファーらしい」
「はあっ!?」
犬吠埼は大きな声を上げる。
「首筋っていうのは一種の性感帯で、そこに歯を立てるっていう行動は、性欲と結び付けられるらしいよ。それに、蚊のメスは動物の血を吸って卵を産む。これもまた、一種の性行為として捉えることができる」
犬吠埼のほほがどんどん赤く染まっていくのが分かった。
「つまり、吸血鬼にとって吸血っていうのは単に栄養を摂取する以上の意味合いがあって、特に眷属にする際に吸血っていうのは、あれ?」
ということは、会って早々の他人を眷属にすることなんて、まずありえないじゃないか。
「どうしたの?」
「ごめん、ちょっといい」
ぼくは一言入れて、彼女の肩に手を当てる。幸い、肩紐だったので、わざわざ肩の服をずらす必要はなかった。
「ちょ、ちょっと」
噛まれたのは左の首筋だろう。前回犬吠埼が自身でなぞっていた。ぼくは彼女の首筋を指でなぞってよく確認する。
「ひゃんっ」
「急に変な声を出すな! キャラじゃないだろ!」
「勝手に決めつけないでくださる? わたしだって純情な女の子なんだから」
よもぎの言っていたことの真意がようやくわかったような気がした。
「やっぱり、傷口はないか」
となれば、考えられる可能性はひとつだ。
犬吠埼ひのでは、本当の意味での吸血鬼ではない。
彼女は、吸血鬼もどきだ。
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